お1人様の心配事

ずっと昔、葬儀屋は病院の婦長(現在は師長)にいろいろと付け届けを、それも冷蔵庫やテレビを送ったという話を聞いた。

病院で人が亡くなると、遺族に準備がなく動転しているドサクサに、婦長一任で葬儀屋を決めることが多いからだという。

葬儀屋も受注はほしいが経費倒れになっては困るので、生前予約で見込み客を取り込んだ。下手な勧誘をすると「縁起でもない。わしを死なせたいのか」と怒り出すので細心の注意が必要だったが、最近は事情が変わってきたようだ。

高齢化が進んだためだ。思いのほか長生きをして、いくらなんでももうそろそろだろうと本人が思い始める。ほかに考えることもさしてなく、ひまだから準備だけでもしておくか、というので自分から葬儀屋にやってくる。1万円で入会すると、葬儀の時に通常価格の2割引なんて特典が付く。

準備に心がけるようになった理由はもうひとつある。高齢化に加えて少子化。子どもがいない、配偶者に先立たれた、離婚した、生涯未婚、といった独居老人がどんどん増えて、あてにする人もいないおひとり様暮らしなら、孤独死して気付かれず、放って置かれるのも心細い。私の友人、知人にもそうした人たちは何人かいる。

葬儀や法要、墓や仏壇などは、面倒だから全部省略という手もあるが、人ひとり死ぬと死後の手続きがいろいろあって何かと大変だ。遺体の引き取り、火葬、埋葬、役所への死亡届、病院や家賃の支払い、遺品整理、保険や年金、カードの返却、解約、残った資産の処理……亡くなった本人にはどれひとつできない。

こうした仕事を代行業者や弁護士、司法書士が、本人の生前に引き受ける死後事務委任契約や財産管理事務委任契約が増えているようだ。

葬儀屋は増えすぎて、いまや淘汰の時代に入っている。寺いらず、墓いらずで寺の将来も危ういが、また新しい代行業が生まれて忙しくなる。世の中の移り変わりはまことにめまぐるしい。



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世の中の急変に目が回りませんように





だれのための利便性か

家の近くで予約のできる内科を検索していて、ここにしようと思ったら、ヘンなことが書いてある。「当日午前の診療は7時から、午後の診療は14時から受け付けています。明日以降の順番受け付け、時間指定の予約はできませんのでご注意ください」。

診療時間は9時から12時と、16時半から19時となっている。朝早めに受診したいが、7時に電話はどうもしにくい。早番の受け付け嬢がひとり、電話の前で待ち構えているのだろうか。

8時に電話をかけると、医師とおぼしき人が出た。「ウエブを見て電話してください」と言うので「見ています」と答えたら、「自動電話の方にお願いします」。ナニ、ナニとよく見ると「お問い合わせ、ご予約は」の下に固定電話の番号があるが、さらにその下に「ウエブ、電話予約受け付け」と書いてアドレスと13桁の電話番号がある。

そっちにかけ直すと自動電話の受け付けになっていて、音声ガイドに従って受け付け内容、受診人数、誕生日、こちらの電話番号をボタン押しで答えることになった。さらに「あなたの順番は8番目です。順番が近づいたら電話でお知らせコールを通知します」と機械に言われた。

面食らいながら一応受付けをすませて待つことにしたが、だんだん疑問が湧いてきた。これは順番取りをしただけで受診時間を予約したわけではない。ということは、いつ来るか分からないお知らせコールをじっと待っていなければならない。途中で所用が入ったり、やりかけた用事の途中でコールが来たらどうするのだ。

9時半ごろになってスマホにコールがあり「順番が近づきましたのでご来診ください」と言われたが、こっちが医院の近くにいるか遠くにいるか機械は知らないだろうに。いや、早めに呼んでおいて、待合室でまた待たせるつもりだろう。これじゃあなんのための予約か分からない。

このやり方にメリットがあるとすれば、医院の側で人手いらず、手間いらず、診察に空きのないよう患者を詰めていけるということか。医者の都合しか考えていない。受診のたびにこんな目に合わされたのではかなわないので、すっぽかして別の医院に行くことにした。

利用者に音声ガイドで何度もボタンを押させるシステムは、カード会社への問い合わせなどでよくあり、挙句の果てに「ただいま大変込み合っています。しばらく経ってからおかけ直しください」などと言われたりする。人件費の合理化なんだろうが、利便機器の悪用でサービス業にあるまじき行為だ。それを、一刻を争う急患も扱う医者が始めたか。どんな育ち方をしたんだ。



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医は算術でなく仁術、を忘れずに





突如の攻防戦

7月の終わりごろからなんだか体がかゆくなって、足首に虫に食われたような跡があちこちにできた。ダニが発生したのかと思ってようすを見ていたが、たまたま娘が帰省し犬の毛づくろいをしていて、ノミがいくつも隠れているのを見つけた。

すぐに風呂に入れてノミ取り効果のあるシャンプーで洗ったら、きれいになった。ノミは石鹸水に弱くてすぐに死ぬようだ。

うちの2匹の犬は、夜はケージに入れて寝かせ、朝になると日が暮れるまで庭に出している。となると当然、家の中にも庭にもノミがいるはずだ。庭で体に付いたノミを家の中まで運んでくる。犬のせいばかりではない。私の足首がやられたのは、庭の草刈り作業中に付いたものに違いない。

まず、犬を動物病院に連れて行って、ノミ取りの薬をつけてもらい、家の中はリビングなど3室に、発煙して駆除するアースレッドを焚いた。残るは発生源の庭を制圧しなければならない。

業者を呼んだら、薬剤を原液のまま散布すると芝や植木が枯れるので3倍に薄めるが、きょうはその道具を持っていないと言う。のんびりはできないので、その場で、芝の生えていない家の周りだけ応急的に原液を撒いてもらった。

そうなると犬も庭には出せない。3日の間、昼間は玄関側の日陰を作れるところにつないだり、散歩に連れ出したり結構世話がやけたが、まあなんとか過ごした。

芝の生え際が枯れてきたので、かなり強い薬剤なのだろう。しかしノミが潜んでいるのは草の生えている所だ。どうもこの業者は危なっかしいので、別の業者を捜して見積もりを取ると、家の中も玄関側も徹底的にやるとこれだけかかる、とバカ高い費用を書く。いやいや庭だけでよいのでと押しとどめ、1/4の値段に落ち着いた。業者は「やり出せばきりがありませんからねえ」と言いながら、この料金で、2、3週間空けてもう1回散布に来ることになった。この業界はみんなそうするようだ。

ノミはノラ猫が外から持ち込んで来ることが多いらしい。そういえば2カ月ほど前、縁の下にどういうわけか子ネコの死骸が見つかり、庭に埋めたと言うと、あ、それですね、と死骸を掘り起こして引き取り、入念に薬を撒いてくれた。

前に飼っていた犬が死んだ15年ほど前にも、ノミが大量発生したことがあった。老衰を狙ってノミが付いたのか、ノミが付いて老犬の体力をさらに奪ったのか分からないが、かわいそうなことをした。

2回目の散布はこれからだが、どうやら状況は落ち着いたようだ。私の足首の古傷はまだ消えないで残っている。



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ノラネコさんのご来宅はご遠慮いただきますように





人畜無害とは言いがたい

友人のA君は12月の社長退任を楽しみにしており、暇になったら遊んで、遊んでとさかんに誘ってくる。

別に12月にならなくても彼は以前から暇で、一応会社には行くが、新聞を読んだり昼寝をして定時終業を待つ。アフター5や休日になるとテニスやカンツォーネや英会話のレッスンで俄然元気になる。そんなふうでよく会社が傾かないものだと思うが、社長がなにかと頼りないと、周りがしっかり支えるものらしい。

名誉職になれば、いよいよ昼間からでも堂々と遊びに行ける。テニスは学生時代からずっと続けている。カンツォーネは、10年ほど前からシャンソンを習っていたが、発表会で歌いたかった歌を指導の先生にムリと言われてぷいと辞め、カンツォーネ教室に乗り換えた。英会話は2年前から日本人の若い女性教師による個人レッスンに通っている。これがいけない。

自分の娘の歳ほどの教師にすっかり参って、英語はちっともうまくならないが、あっちこっちのレストランを予約しては毎月ディナーに誘う。それ以上の下心はなく、その限りでは人畜無害だが、私のスマホに電話してきては「メイ先生、メイ先生」と、うれしそうに話す。メーメー、メーメーとうるさくてどんなヤギなんだ。

そのデレデレした話を、あろうことか奥さんにも話す。自分では隠し事をせず、公認を得ているつもりだが、それは虫のよい話だ。奥さんにしてみればいい気のするはずがない。2人で京都に旅行に行ってもいいかと持ちかけ、「色ボケ!」と叱られたと、ニヤつきながら打ち明ける。

お前、そんなことしているとそのうち手痛いしっぺ返しを食うぞと、脅してやったが、本人は、なんでもオープンに話すことにしているとピンときていない。心移りをぺらぺら聞かされるのは、バレない不倫より妻にはつらかろう。

とにかく奥さんには“ヤギ”の話をするなと忠告したが、急に話さなくなったらそれはそれでどういうことだと疑心暗鬼を招きかねない。しかたがないから私が彼の遊び相手になることにした。小淵沢で1泊の男同士のゴルフ旅行。これなら奥さんも安心だろう。

もう1人誘い、ゴルフ場もホテルも私が予約し、電車の切符も手配して添乗員よろしく連れ回ったが、相変わらずメーメーが止まらない。打つ手がない。



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いいじゃないの幸せならばに反省を





「コンビ二人間」の現代性

コンビ二というものを以前はよく理解できなかった。

とりあえず必要なものをコチャコチャと用意してあるが、店舗スペースに限りがあるから、スーパーのように銘柄やサイズの大小を選べない。値段も割高なのに、業績好調で店舗数はどんどん増えてゆく。

当初は店の外に置かれた自販機でタバコを買うぐらいしか利用しなかった。ところがタスポが登場してから、タスポを持たない私は、店内のカウンターで買うようになり、いちいち年齢確認のボタンを押せと言われた。ハゲおやじの私を見れば、未成年でないことぐらい分かりそうなもので、馬鹿げているからかなり遅れてタスポを作ったら、今度は外の自販機がなくなった。

店としては、せっかく店の前まで来た客を、タバコだけ買って帰したのではもったいない。店内に引き入れて、ついでに他のものも買ってもらうには、自販機は撤去しないと具合悪い。その作戦に私もまんまとはまってゆく。

時代遅れの“コンビ二偏見派”だった私も、コンビ二の人気の理由にようやく気かついた。コンビ二愛用派が求めているのは、さしあたって間に合う利便性であって、商品の値段や選択の幅の広さではない。日用品や食料品、それも手間いらずですぐに食べられる朝のサンドイッチ、おにぎり、昼の弁当、カップラーメン、合い間の挽きたてコーヒー、ドーナッツ、夜のおでん、コロッケ、唐揚げ。弁当はチンで温め、カップラーメンはお湯も用意、店の隅で食べられるようカウンターとイスもある。

さらにATMで現金引き出し、カウンターで納税や送金、映画やコンサートのチケット購入。それが24時間年中無休で利用でき、都市なら半径500メートル以内にひとつやふたつはあり、へえ便利なんだね、あっそうか、それでコンビニエンスストアというんだね。

いまさらながらなんでこんな話をするかというと、この、消費者ニーズの大きな変化を先取りし、ぴたりとはまって急成長した最も現代的といえる事業の一職場を舞台にした小説「コンビ二人間」が、今度の芥川賞を受賞し、興味を引かれて読んでみたら、実に面白いのだ。

主人公は、子供のころから一風変わった女の子で、親には普通の子供にならないと、と心配されるが、どこを治したらよいのか分からない。大学生になってコンビ二のアルバイトを始めると、そのときだけ自分の存在意義が感じられ、それから36歳になるまで独身のまま水を得た魚のようにキビキビと働く。まともな就職をするわけでなく、結婚もしない彼女を、学生時代の友人ら「普通の人間」は不思議がり、異物視し、普通にならないと、とずけずけ干渉してくるが、本人はむしろ彼らを冷静に観察する。

そこへかなり身勝手な理屈をこねるダメ男が新顔のバイトで入るが、すぐクビになる。その彼に彼女は言う。ムラに必要のない人間は敬遠される。コンビニに居続けるには皆の中にある「普通の人間」という架空の生き物を演じるしかないのだ、と。

作中の主人公は作者の経歴と重なるが、私小説ではない。ムラは、どのムラも正常化を強制する、としながら、疎外されても暗さはなく、どこかユーモラスで、見極めたように描いている。



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人それぞれに、心地よい自分の居場所を





新聞勧誘員の攻勢

朝早く目が覚めて困る。前夜11時に寝ても4時、下手をすると3時、睡眠薬を使ってもせいぜい5時。薬は常用したくないので、寝床でごろごろしながらその日の計画や、当面の懸案事項にあれこれ考えを巡らせたりするが、持て余して5時に起きる。

テレビを録画しておいて見たらいいよと言う人がいるが、どうも起き抜けからチラチラ動く映像を見る気にならない。お茶を沸かして飲みながら新聞を2紙、ゆっくり読む。面白い記事もつまらない記事もある。たいして読みたい記事がないときは、折り込みチラシに目を通す。

ダイレクトメールが届いて、全く関心がない案件なので封も切らずに捨てる時は、こんな手の込んだことされても紙がもったいないのにとよく思うが、チラシの方は多種多様だから、世相や生活を感じ取りながら、へえとかふうんとかつぶやきながら、つい読みふけったりする。

新聞の勧誘員が来て、去年の11月半ばから読み始めた併読紙は、1年契約にしたら1月まで無料にしてくれた。昔は洗剤や鍋釜をくれたが、景品競争が過剰になって自粛するようになった。しかし、他紙との獲り合いに加え、購読者自体が減っているので、特典をやめるわけにはゆかないようだ。記事は読まないがテレビ欄が必要、としていた人も、今はテレビで1週間分の番組表を見ることができる。もっと言うとテレビを見る人も減った。

併読しているのは全国紙で、数年前、この新聞をやはり併読紙として購読していた時期があった。しかし配達時間が遅く、出勤に間に合わないのでしばらくしてやめた。この地方では、ブロック紙が圧倒的に強く、全国紙は薄く広い配達区割りを受け持ち、とびとびに走り回って配達するのでどうしても遅れる。この弱点を克服し、今は5時には届いている。

必死さはこれにとどまらない。4カ月ほどしたら別の勧誘員が来て、契約をもう1年延長してくれないかと言う。延長といっても、契約が切れるのは来年の1月ではないか。そんな先まで決めなくてもと帰ってもらったら、翌月、また別の勧誘員が来て同じことを言う。同じことを言って返したら、今度は「続けてトクするキャンペーン」なるDMが届いた。契約を1年延長すると、洗剤や食用油やしょうゆなどからひとつプレゼントというお知らせだった。半年前の契約でひとつなら、1カ月前の直前になると「持ってけ泥棒」と全部くれるかもしれない。

この新聞は、慰安婦問題で吉田証言を真に受け、発行部数に大打撃を受けたと聞く。あってはならないことをやってしまい、営業サイドではいま、しつこいまでの巻き返し作戦中と思われる。編集サイドは犯した汚点を深く反省すべきだが、萎縮はしていないようだ。リベラルな姿勢をはっきり貫いており、よかれあしかれ分かりやすい。よいか悪いかは読者が判断すればよい。

かつて沖縄返還の裏で日米の密約が交わされ、これをスクープした敏腕記者が、老獪な佐藤政権の手で男女のスキャンダル問題にすり替えられた。読者の不買運動が勢いを増す中、当の新聞社は記者を見捨てて営業を守った。

同じ社内で営業と編集がバランスを取るのはなかなか難しいようだ。それからするとNHKは、スポンサーもなく視聴料も一律徴収で、民放では敵わない優れたドキュメンタリー番組も作っているので、会長なんてものはモミイなにがしとかいうかなりズレた人でも務まるのだろう。



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早起きに3文の徳がありますように





死者との対話

読売新聞の「人生案内」欄にこんな話が載っていた。

50代男性からの相談で、母子家庭で兄弟もなく2人暮らし。妻がいたが8年前に離婚、5年前には仕事先でリストラされ、その後はパート従業員。その都度、落ち込む自分を励ましてくれた母が、ある朝、食卓に向かったまま亡くなっていた。

苦労して育ててくれた母に、なにひとつ期待に応えられず、喜ばすこともできず、認知症で夜中に騒ぐときにはついどなることもあった。今となっては、自分の注意不足のせいで死なせてしまったのではないかと苦しく、仏前で毎日謝りながら泣いているのだという。

世の中には不運続きの人生を送る人がいる。当社の中途採用の面接で何度も転職している人にわけを尋ねると、よく考えないで就職してみたり、軽い気持ちで転職をしたりで、同情の余地のないケースもあるが、就業の先々で倒産や人員整理の憂き目に会い、ほんとにツキがないんだなという人もいる。ウチへ来てツキが変わればと思ったりすると、「ツキのなさを持ち込まれては困る」と総務見解が出る。負のスパイラルから抜け出すのも大変だ。

孝行をしたい時分に親はなし、石に布団は着せられず、という。親の死に目に会うと、多かれ少なかれだれしも、後悔先に立たずの思いをするのだろうが、この人の場合、思うに任せぬ人生の途中でたった1人の肉親を失い、悔やみきれない胸の内は人一倍だろう。

回答者は、ライバル紙の朝日新聞でも「折々のことば」を連載している哲学者の鷲田清一氏。こんな導き方をしている。

生前は2人きりの生活で、距離が近すぎたから、余計な憎まれ口を叩いたり、八つ当たりをすることもあって、悔いばかり残るのでしょう。でも、もう取り返しがつかないのではなく、初めてお母さんとの距離が取れてきちんと向き合い、すなおに言葉を受け取れる対話の相手が生まれたと考えてください。お母さんの生前のさりげない言葉を思い出しながら。

私は母を亡くして3年、姉を亡くして2年になる。生前の2人のなにげない言葉やその時の表情、しぐさをよく思い出す。なぜかずっと前に亡くなった兄や父も出てくる。私は彼らと対話しているのだろうか。9月には、遠くてなかなか行けない墓にお参りに行く。行くと気持ちが落ち着くように思うのだ。今までは、そんなふうに思ったことはなかった。

子どもたちには、親を大事にしないと亡くしてから後悔するぞ、と言ってやりたいが、返って嫌われるので黙っているのがよい。



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時にはつらい浮世を忘れましょう





クルーズを楽しむ 2

乗船してみて想像以上だったのが、乗客の多くが高齢の夫婦だったことだ。60代、70代、80代で9割を超えていたか。杖のおばあちゃん、車イスのおじいちゃんは90以上か。たまに見かける小学生や中年は、年寄りが孫を連れて遊びに来たか、中年の息子、娘が年寄りを心配して付き添いについたか。

なるほどこの年齢なら、リタイアして日常生活の方がむしろ退屈だし、時間はたっぷりある。海外に行くにも時差ぼけはない、日本船籍なら言葉も困らない。荷物は客室に置きっぱなしで連泊と同じ、あちこち気を使いながら出歩くより、勝手に動いてくれる船でのんびり過ごす方が、くたびれなくていい。船内の買い物やアルコール類は全部ツケが効き、世話がない。

すっかり気に入ってクルーズ専門のリピーターもたくさんいるようだ。夕食で私たちの隣りのテーブルについた80歳と78歳の兄妹は、兄が20年で1000日の乗船歴。飛鳥クラブという船会社用意の同好会では当然ながら事情通だが、上には上、10年で2000日の伝説のリピーターもいるそうだ。

今回の日南花火は3回目で、同じコースの同じマジシャンの同じ手品ショーを飽きずに前列の席で見て、ネタの仕掛けを見破れないかを楽しみにしている。お互いにつれあいに先立たれ、コンビを組むようになった。38日の長丁場コースにも乗り、今回のような数日のコースだと前後のコースとつなげて乗ったりする。

料理も楽しみのひとつ。客室はロイヤルスイートからKステートまで7段階あり、料金は6倍、7倍の差がつくが、料理は同じで、和食の料理長、洋食のシェフが腕を競っている。

さて私は、五木寛之の「大河の一滴」と大岡信の「折々のうた」を持ち込んで、本を読んだり昼寝をしたり海を眺めたりするつもりで乗り込んだが、つぎつぎ開かれるイベントを娘と2人でつまみ食いしたりチラ見したりでそれどころでなく、なんだかごった返す学園祭にやってきたような気分になった。どうもまだ、せかせか日本人から抜け出せないのだ。

船旅は、船内のホスピタリティが命で、申し分ないとはいえ、どこやらのんびりして陸上と比べるとテンポが遅い。それはスタッフの多くがフィリピン人やロシア人を起用しているからだと思うが、そこでせかせかしたくなる自分が貧乏臭く、自制が働くから不思議だ。

バルコニーから見る海は、くすんだグリーンあり、濃いブルーの時あり、ほとんどブラックあり。気晴らしの異空間、グルメの3食付き、夢のショートステイ。こんな心地よさはほんとに久しぶりだった。また行こうかな。(おわり)



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忙しい人ほどゆとりのひとときを





クルーズを楽しむ 1

飛鳥Ⅱで神戸発3泊4日、日南で海上から花火を観て横浜着というクルーズに娘と乗ってみた。

若いころ、一人旅のバックパッカーを始めてほどなく、アテネからイスラエルのハイファまで客船で渡ったことがある。キブツ(集団農場)に入って旅装を解き、ボランティアでグレープフルーツの収穫を手伝いながらしばらくその場に落ち着き、外国の生活に慣れるのが目的だった。

キプロスにちょっと立ち寄って、たぶん2泊の旅程だったと思う。あまりよく覚えていないが、一番安い船底の窓なし2段ベッドの4人部屋で、それでも甲板に出てイギリス人だかの新婚夫婦と話したりして、快適な旅だった。

その体験があるので、いつかまたと思っていて、10年ほど前、四万十川と屋久島に行くクルーズの説明会に妻と2人で出席し予約金も払ったが、妻がさほど乗り気でなくあとでキャンセルになった。4年ほど前にも、知床を巡るクルーズを計画したが、妻に「あんたひとりで行ってきなさいよ」と冷たく断られ、2度と誘うかと思った。だから今回は娘を選んだ。娘が9月からシカゴ美術館付きの大学に留学するので、その後はなかなか会えなくなる。

旅行で一番多いのは、飛行機、列車、バスを使う観光旅行だろう。クルーズはそういう観光旅行ともバックパッカーの旅とも違う。日本のように海に囲まれた島国で、クルーズが一般的にはさほど人気がないのは、海ばかり見ていたんでは退屈すると思うからだ。せっかくの休みを、それでなくても日数がないのだから、できるだけたくさんの観光スポットを効率的に回らないと、という日本人らしい勤勉さが抜けないのは、むりからぬ話だ。

船会社の方は、退屈させないようにショーや映画や、生バンド演奏、運動会、ダンスパーティ、講習会、ストレッチ教室、ウクレレ教室と、つぎつぎ繰り出す。船旅をしたことのない人のための事前説明会では、大型船なので船酔いもご心配なく、医者もいていざとなれば手術も可能でご安心を、などと話して、でき上がっている先入観をさかんに揉みほぐそうとする。

飛行機やバスの旅行とは、そもそも目的が違う、と私は思う。日南の花火が目的ならなにも前日の午後3時までに神戸に出向いて船に乗り込まなくても、当日の夜に間に合うように現地に出かければよい。その晩1泊すれば翌日はあちこち見物して帰れる。

一方クルーズは、クルーズそのものが目的で、花火はイベントのひとつに過ぎないから、仮に雨で中止になっても大して問題ではない。ホテルに数日泊まってディナーショーを毎夜楽しむようなもので、神戸―日南―横浜の移動が重要なのではない。横浜に入港するのは、次のクルーズを横浜発で集客するための船会社の都合に過ぎない。(つづく)



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忙しい人ほどゆとりのひとときを





超長寿社会2 捨てて悲劇を回避する


島田は、家そのものが、昔とはすっかり違うものになったのだと言う。

かつては武家も商家も農家も、家を中心とした家社会として継続していた。しかし近代化、工業化が進むと、地方から都会へと人口流出が起こり、勤労者の社会へと変貌した。そして、親から子に教え伝える家業もなくなり、実家は墓参りや正月に集まるだけのところになってくる。都会生まれの孫の代になり、おじいちゃんおばあちゃんが亡くなると、本家とも疎遠になり、故郷もなくなる。

親が子どもに残すものは教育ぐらいしかない。子どもはどこかで自立して親から離れ、親も子どもが成人したら同居など望まず自分で生きていく。それでよい、それが超長寿社会が生んだ枷(かせ)から逃れ、変質した家庭の正しいあり方ではないか、と提言する。

「家や家族の関係がもろいものである以上、人はひとりで生きていき、ひとりで死んでいくしかない。子どもに介護を期待すること自体が、そうした状況からすれば、あり得ないことである」。

日本人は長生きしすぎる、だからとっとと死ぬしかない、とまで言う。それほど家庭の介護の実態は深刻で、せっぱ詰まっている、と警告したいようだ。しかし、どうすればとっとと死ねるのか。

彼は安楽死を法制化しているオランダの例を紹介している。オランダでは、本人の意思が固ければ、自宅や施設でホームドクターが致死量の麻薬、麻酔剤、筋弛緩剤などを投与し、無痛で死なせることができる。安楽死は、ベルギー、ルクセンブルク、スイスと、アメリカのいくつかの州でも法的に認めている。

日本ではどうか。「日本尊厳死協会」では会員のために「尊厳死の宣言書」を用意している。これには①死期を引き延ばすためだけの延命措置を拒否する②苦痛を和らげるための緩和医療は望む③持続的植物状態になったときは生命維持装置を取りやめる―の3点が明記され、日付と署名を入れる。

尊厳死は、日本ではまだ法制化されていない。しかもこれでは延命措置を取らないだけで、とっとと安楽死するまで至っていない。結局日本で、家族を巻き込まないで始末をつけるには、衰弱してきたら水分と栄養の補給を自ら断って死を待つか、自死するしかない。自殺は一般に、マイナスの見方しかされないが、自らの意思で、尊厳を守って最期を迎えるのは、立派な死に方、いや生き方だと私は以前から思っている。

ただ、生存本能に逆らって命を自ら絶つのは、なかなか思い切れないもののようだ。そこを軽い気持ちで潔く、無痛でむしろ気持ちよく、じゃあ行って来るよとさよならできる終末医療にならないものか。果てしない長寿を是とする医療の高度化が、高齢者の尊厳を損なう死に際や介護殺人を生み、病院と医薬業界には商売繁盛をもたらし、医療費がかさんで社会保障が行き詰まるのでは、なんの意味もない。(おわり)



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頭がボケる前に正念場を考えておきましょう





超長寿社会1 行き詰まって悲劇

「初老」とは何歳くらいのことを言うのだろうか。前期高齢者が65歳からだから、まあ60代の半ばというのが現代人の感覚だろうか。国語辞典には「老年に入りかけた年ごろ、もと40歳の異称」とある。

明治時代後半の平均年齢が、男女とも40代の前半だったから、当時はそれで違和感はなかっただろう。70歳で古稀と呼ぶ。つまり古来稀なほどの長寿と見なされたのも今は昔、自立生活に支障のない「健康寿命」が男で71歳の時代になった。後期高齢者が75歳から、男の平均寿命が80歳だからそんなものかと思うが、70歳の人の平均余命があと14年、100歳以上の男女が6万人を超えているから、75歳はいずれ中期高齢者と呼ばれるようになるかもしれない。

ここまで超長寿社会になると、おめでたいなどとのんきなことを言ってはいられない。要支援や、軽度の要介護のうちはまだしも、それ以上の寝たきりや認知症の親や配偶者を、1人、2人の家族で支える在宅介護となると、介護離職、家計破綻、孤立、疲弊困憊、絶望から介護殺人に至る事例が、2週間に1件あるいは10日に1件起きていると報告されるようになった。

さきごろ放映されたNHKスペシャル「私は家族を殺した――“介護殺人”当事者たちの告白」は、配偶者や親を手にかけたやり切れない事情が、生々しく語られた。

71歳男性は、妻と42年、順調で平穏な生活を営み、老後は2人でよくドライブを楽しんでいた。妻が腰を骨折、寝たきりになり、夫が自宅介護を始めてから、事態は徐々に悪化する。排便も自力でできなくなった妻が絶望を深め、「生きるのがつらい。死にたい、殺して」とたびたび懇願するようになり、夫はついに引きずり込まれる。2人で最後のドライブに出かけ「ほんとにいいね、後悔しないね、もう後戻りできないよ」と念を押すと「うん」と答えた。夫は後追い自殺を試みて手首や首を切るが、死に切れなかった。執行猶予付きの有罪判決。長男には「絶対許さない」と責められている。

また、60歳男性の場合は、母親が認知症になり、昼夜を問わず暴れ出すようになった。昼間はデイサービスに預け、仕事を続けたが、帰宅後は朝まで介護という生活が続かず、失業中の弟に託した。兄に「助けてくれ」と頼まれ、弟は自分が引き受けるしかないと介護を始めたが、自分の言葉が相手に通じない、相手が何を言っているのかも全く分からない生活が一日中続く。母がパジャマもタオルも汚物まみれにした時、一番辛いのは母だ、母を楽にしてやれるのは俺しかいない、と手にかけた。懲役8年で服役中。刑務所での取材で「どうしてあなたが介護を」と聞かれ、「家族だから」と答えた。

介護を続けている肉親の4人に1人は、終わりが見えない状況で苦闘し、親子心中や自殺を考えたというアンケート結果も紹介された。対岸の火事ではない。超長寿社会では、だれもが同じ立場に立たされるリスクをはらんでいる。

宗教学者、島田裕巳の新刊書「もう親を捨てるしかない」(幻冬舎新書刊)は、タイトルからして衝撃的だが、介護による悲劇に陥らないためには、そうするしかない、と説く。(つづく)



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救いの道が見つかりますように





忘煙、蘇煙

タバコをやめて1年余りになる。禁煙などというといかにもストイックで、たかが嗜好品にそこまで自己抑制をかける生き方もバカげているので、ニコチン依存症から抜け出せればよしとした。2度と手を出すまいというような悲壮な決意は。最初からしなかった。

以前のように、2時間も空けたら喫わずにはいられないわけではないので、ふだんは忘れている。でも忘れたことは時々思い出すから、たしなむ程度ならよしとする。それを月に1本とした。

そんな器用なことができるかと思いながらやってみて、ちゃんとできた。この分だと正月と誕生日をスペシャルデーにして、年に2本というセンもあるなと考えた。喫煙からさらに遠ざかるというよりも、特別な日にしみじみと味わえたら、究極の愛煙家といえる。

ふだん忘煙、たまに蘇煙の愛煙家というのは、心理学者が研究テーマにしたいぐらい屈折していないか、とわれながら思う。自己分析してみると、節煙の徹底はまず、血圧や肺機能に悪影響があり、それが健診の数字に表れているからだ。リタイアすれば身軽になるが、まだしばらくは仕事から降りられないから、数字の無視はできない。

次に、喫煙場所がどんどん削られて、タバコを喫うのがとても不便な世の中になった。喫煙者には生活に支障が出るほどだし、そこまでされてなおタバコが手離せないのは、自分で自分が惨めになる。

ところがそこまで迫害されても屈しないのは、アウトローの不屈のたましいと見ることもできる。アメリカインディアンが生み、コロンブスが世界に広めた文化を、ムダかムダでないかの合理主義で消滅させてよいものか。文化とは、実利の視点から見れば、もともとムダなものだ。

香りのある煙を深々と肺に吸い込んでしびれ、ぱあっと吐いてひと息つく。喫煙の代用になるくつろぎの小道具はほかにない。百害あって一利ないことを知りながら、体を張って伝統文化を保存することが無意味とは思えない。

実は5月に新潟の友人夫婦を訪ねたとき、彼の姉を含めた3人のヘビースモーカーに囲まれて、一泊する間に4、5本喫った。「来年の分まで喫って行きなよ」と奥さんにからかわれながら踏みとどまったが、その後、喫いたい気持ちが以前よりも強くなった。

幸い、依存症にまでは戻ってないが、忘煙、蘇煙の喫煙法は、なかなかスリリングな生活習慣だ。



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屁理屈だと思う人はタバコをやめましょう







犬にドタバタ

子どもが大きくなるにつれ、だんだん親の言うことを聞かなくなるのは、自立心の表れでいたしかたないとしても、飼い犬もしつけなどしないで放任していると、ときどき厄介なことになる。

うちにはジャックラッセルテリアの親子がいて、毎朝庭に出して好きにさせ、日が暮れると室内に入れてまた好きにさせ、10時ごろにケージで寝かせることにしているが、「もう寝るかい」と声をかけると庭に出たがるときがある。

おしっこやウンチならば朝までがまんさせるのも気の毒だし、ケージの中でされても困る。閉めたガラス戸をカリカリ引っかいてはこっちを見て促すので、開けて出してやる。しばらくして名前を呼ぶと、親のコジローは聞きわけがよくてすぐに戻ってくるが、クマゴローはちょっとアホで、私との距離を保って尻尾を振りながら、家に入ろうとしない。

夏に入りかけたころの夜は、室内より外の方がひんやりと心地よいので、庭で鬼ごっこでもしたいのか。何度呼んでも入らないので、戸を開けたままその場を離れてみたり、「閉めちゃうぞ」と叱って雨戸を閉めてみたりするのだが、効果がない。しまいに庭に下りて捕まえようとすると、面白がって逃げ回る。おもわく通りの鬼ごっこにされてしまう。

あれこれやって1時間経ってもどうにもならないので、諦めて戸締りを確かめ、2階に上がって寝てしまう。勝手にしろと思うが、勝手にされて困るのは目に見えている。

夜中の2時、3時になって、ワンワン吠える声で目が覚める。怪しい侵入者に気付いたわけではない。寂しくなって入れてくれと呼んでいるのだ。そのうち静まるかと、ようすをうかがってみるがやめる気配がない。近所迷惑が分からないのか。

雨戸を開けると中へ飛び込んでくる。やれやれ、できが悪くて苦労する。おかげで翌朝は寝不足だ。近所の人もそうなのか。あれはよその犬だと思ってくれないか。くれないだろうな。門を開けてそおっと出勤する。



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家族がいつも平和でありますように







人気者の心得

血圧を下げる薬を飲み始めてもう3年になるだろうか。近所の内科で薬をもらうのだが、4週分しかくれないのでその都度通院しなければならない。6週分にしてくれないかと聞いてみたが、容態が急変したときに対処が遅れると、了解してくれない。

容態というほどのものではない。このところは上が140前後、下が70台の前半だから、なんの問題もなかろう。上の正常血圧とされるのが、現在では130未満ということになっているが、ハードルをどんどん厳しくして“異常値”の人、つまり患者の数を数千万人増やしたという経緯がある。第一、血管は歳とともに硬くなるものだから、数値が上がらない方が異常だ。

薬は降圧剤のほかに、利尿剤と、コレステロールを下げる薬が出る。利尿剤は摂取した塩分が高血圧によくないので、尿とともに排出するため。コレステロールも基準値を少し上回っているが、騒ぐほどのものではない。おまけに、その医院では尿検査を毎回したがる。タンパクが少々出ているそうだ。ただ、問題になるほどではないという。ならば毎回取ることもなかろうに。それどころか、来院して採尿すると、体が活動しているので数値が上がって正確でない、今度家で朝起きたときに取って来なさいと容器を渡された。じゃあ今までの検尿はなんなのだ。

いろいろ心配してくれるのはありがたいが、私が医者から経過観察を求められているのは循環器だけではない。潰瘍性大腸炎で消化器内科に月1回、ブリッジ施術後の歯科にも月1回、おいでおいでと人気者になっているのだ。八方美人というわけにもゆかないので、歯科には春から行っていない。循環器の方も、血圧が下がる夏の間はサボってみてはどうだろう。

自分で勝手に判断してはダメだよ、薬を飲んでいるからその数値なんだろ、と薬を飲んで10年の友人が言う。それはそうだが、上がってきたらまた通院すればよい。あまり神経質になると病気になるから、健康管理はアバウトでよい。

いつ死んでもよいように準備をしておけば、生に執着しなくなる。その方が長生きする。別に長生きしたいわけではないが。



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お医者さまには感謝し、でも言いなりでなく、自分の見解は大切に





まさかのできごと

中学で同じバレー部だった男から電話があり、自分がメンバーの異業種交流会で講演をやってくれないかと頼んできた。

私はこれまでたまに、大学や自治体、商工会議所やロータリークラブ、カルチャー教室から、講演を頼まれたことがある。自分の考えをまとめるよい機会だから断ったことがないが、準備もそれなりに必要で面倒なので、今回は断ることにした。

ところが相手が食い下がって諦めない。なんでも、予定していた講師の都合が悪くなり、日にちもあまり余裕がないから、なんとか穴を埋めたいらしい。そりゃドタキャンするやつが悪いだろう、おれを気安く使うなと思ったが、旧知の友人なのでむげにも断りにくい。

だいたい異業種交流会なんてものはどこも遊び半分の集まりだし、持ち時間が1時間45分というのも気が重い。私は毎年3月末の新年度式で、全社員を集めて50分の話をするが、だんだん重荷に感じて、短めにまとめるようにしているところだ。

なりゆきまかせの話では大事な点を言い落とすおそれがあるから、原稿をしっかり用意して、頭に入れる。昔はそれで苦労はなかったが、近ごろはなかなか頭に入らない。リハーサルばかりやっていられないので、なにかやり方を考えなければと思っていたところに、倍も時間をくれたんでは、どうにも持て余す。

すったもんだの果てに引き受けたものの、話を1から組み立てるのでなく、過去に新年度式で話してきた経営理念や人材育成、企業戦略などをつなぐことにした。原稿を作るのもやめ、10枚のパワーポイントを用意して、それぞれで話す要点を並べた。リハーサルをやって時間配分を調整して出来上がり。時間が余った場合のために、10分ほどの余談も用意した。

本番では、余談を使うこともなく持ち時間ぴたりで終わった。それはよいが、そもそもこの話を持ち込んでむりやり引き受けさせた男が、受諾したら早々に急用ができたと会長に丸投げして、欠席を決め込んだ。講演まで2週間あった。そりゃないだろう、都合ぐらいつけられるだろうに、と私は内心穏やかでなかった。

講演の2日後、会長から電話が入った。「彼がきょう、すい臓がんで亡くなった」と。えっ、と言ったきり言葉も出ない。会って話したときはそんな気配はなかったのに。ギリギリ最後の仕事を、だれにも覚られずにやり遂げたのか。

葬儀場の案内がファクスで届くまでは、まだ半信半疑だった。本当に言葉もない。



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諸行無常、諸法無我





私的同級会

中学2年のあるクラスで、なかよし5人組ができた。中高一貫の男子校で、彼らは高校卒業まで互いに誕生会を開いたりしてよく一緒に遊んだ。大学進学で西や東にバラバラになったが、夏休み、冬休みに帰省するとまた集まった。やがて就職し、家庭をもつようになり、だんだん寄り合う機会も少なくなっていったが、子どもたちが巣立ち、自分たちの定年が近づく歳になると、再び集まり始めた。

仲間が2、3人増え、翔陽会と名前も付けた。名前だけ見ると、活発な何かの代理店会かと間違われそうだが、毎年春に1泊で伊豆に出かけ、気心の知れた者同士で酒を酌み交わして思い出話や近況を語り合い、翌日はのんびりとゴルフのコンペを楽しんで帰るのが定例となった。

メンバーは少し増えたが、都合で来れない者やゴルフをしない者もいるので、コンペといっても静かで盛り上がりを欠く。で、もう少し仲間を増やそうと、私にも声が掛かった。誘われたのは3年前だが、一昨年も昨年も都合がつかず、ことしやっと参加できた。

集まったのは8人。初対面の人がひとりいた。6年間同じ学校にいても、なにしろ1学年11クラス、700人近くの大所帯だったから、そういうケースはよくある。もうひとり、同じクラスになったことがあって相手はよく覚えていたが、こっちは全く記憶がない人がいた。失礼なことをしたが、そこは同窓のよしみで、わだかまりなくすぐに打ち解ける。

そんな顔ぶれで、三島から伊豆箱根鉄道に乗って修善寺までぺちゃくちゃしゃべっていると、はた目にはどこの老人会の旅行だと思われたことだろう。宿の温泉に入り、宴会を始めても、健康や病気の話がついて回る。膀胱ガンで手術、心筋梗塞で手術、腰痛だ、ひじ痛だ、坐骨神経痛だ、と情けない話題がなぜだかにぎやかに飛び交う。案の定、当初の案内ではゴルフは2組6人で組んであったのに、老老介護で来れなかった人もいて、1組4人で間に合うことになった。

さて翌朝、心配された雨が予報どおり降り、同室のAが、起きたとたんにきょうのゴルフはやめようと言い出し、だれも反対せず即座に中止になった。7時から9時までの食堂の朝食タイムをフルに使ってまたしゃべり、帰りの電車で三島に戻ったら空はすっかり晴れていた。

同窓会というものを、私は本来あまり好きではない。それが備えている共通項や同質性により、マズローの言う所属の欲求や承認の欲求が安易に満たされて、最初からなれあいの関係が予定される。過去の1通過点に過ぎないものに特別な意味を持って安心したい人がいるとすれば、前をしっかり見て生きていない、なんて思っていたが、この集まりはごく親しい少人数の長く続いた間柄だったためか、私にもなかなか心地よかった。

いやいや、とんがった理屈をこねる気にならなかったのは、歳のせいかもしれない。



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弱り目の年寄りをいたわりましょう





都会暮らしと田舎暮らし


毎年5月になると東京、新潟、富山、大阪、三重の代理店を訪問する。これまでは2日、3日で一気に回って、その効率に満足していたが、今年は3回に分けて、寄り道もすることにした。

北陸ルートでは、富山と長岡の間で新潟と福島の県境に近い山あいの集落に寄り、友人宅で1泊してみた。ここは、妻と中高で同級だったAさんの夫、Bさんのふるさとで、AさんとBさんは東京の児童館で職場結婚し、定年まで東京暮らしだった。

定年後Bさんは、東京にいても特にやることもなく、空き家のままの生家も気になるし、なつかしいふるさとで老後を暮らすのも悪くないと考えて生活の拠点を移した。まず、傷んだ家の修理、そして自給用の野菜の栽培、夏は草刈り、冬は雪掻き。

力仕事は自分の分だけではない。なにしろ小中学校も廃校になる過疎村に15世帯残って、暮らしているのは年寄りばかり。60半ばに近い彼は、村では貴重な“Uターン青年”で、農作業、雪掻きどころか買い物、病院通いにもマイカー出動を頼りにされる。

隣り近所の絶大な信頼を集めながら、さしたる産業もなく寂れ行くふるさとの村起こしができないものかと、彼は付加価値の高い野菜の共同生産、現金収入、共同体の活性化まで描いてみる。だが、新しいものへの挑戦に、じいちゃん、ばあちゃんの理解が容易に得られるはずもない。

東京生まれ、東京育ちの妻、Aさんにとっては村人とのギャップはさらに大きい。月に1度やってきて、豊かな自然を楽しんでも定住する気はなく、ふだんは東京で別居のライフスタイルを選んでいる。彼が車に乗れない歳になったら、東京に戻ろう、と今から言い含めている。

過疎村の村役場が、優遇措置を用意して都会からの移住を呼びかけ、田舎暮らしにあこがれた都会人が第2の人生を託しても、村のしきたりや不便さにうまくなじめない事例もしばしばあるらしい。「都会のネズミと田舎のネズミ」のイソップ寓話の逆の例だが、人間が互いに深く理解しあうのはとても難しいことで、世界中でイザコザが絶えないのもむりからぬ話なのかもしれない。



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あなたはあなたのライフスタイルを





ストレス耐性と自覚症状

私は自分ではストレスに強いほうだと思っている。進退窮まるような状況下に置かれることはめったにないし、実際に窮まって身動き取れなくなったら、どうにもならないわけだから、クヨクヨ悩んだところで何の足しにもならない。そう割り切ってさっさと寝てしまわないと体がもたない。朝起きるとなぜだか状況が好転して最悪の事態は免れているかもしれないし、相変わらずだったとしても、それなりのやりようはいずれ見つかって、なんとかなるものだ。そう思って置けばよい。

ところがとてもそんな気にはなれない、と言う人がいる。だってジタバタしてもしなくても同じなら、やっかいなことは忘れちゃうに限るでしょう、と言っても、それは理屈であって、理屈どおりにできれば苦労はない、と同調しない。できないものはしかたないけど、進退窮まるような目に合っていないと、ストレス耐性も鍛えられないのかもしれない。

ストレスの大半は人間関係で起きるものだから、こころ優しい人は、他人に気を使いすぎて抜け出せなくなるとも言える。わが身を振り返れば、私は人に気を使うのが面倒で、言いたいことは遠慮せずに全部言って清々したいし、マイペースを崩して他人に合わせてまで人づきあいをしたくない。

かなり際どい冗談を言ったら相手が真に受けてその場が白けてしまうことが時にあるが、そこで冗談だよと弁明したり、誤解を解く説明なんてことは一度もしたことがない。際どい冗談は共有できない相手なんだなと気がついて、うっかり繰り出したことは後悔するが、これからは無難な冗談にしておこうとは思わない。毒気を抜いた冗談など面白くもない。

「お前みたいなやつはうつ病になるわけがない」と言った友人がいたが、潰瘍性大腸炎になってから、「実は内面は繊細な人だと思っていた」とか「ストレスを感じていないだけで、実際にはかなりのストレスを受けてはいるんだ」と言う友人もいろいろ現れた。ストレスが意識の上ではないのに、体が反応するとは、鈍感なのか敏感なのかよけい分からなくなる。

世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし(在原業平)

こんな風流なストレスを感じてみたいものだ。



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ストレスを楽しめる明日でありますように





あなたならどうする

原発再稼動、辺野古移転、安保法制、緊急事態条項、アベノミクス、選挙制度改革、と国論を2分する論議が折り重なっている。これらの案件の賛否を、報道各社が世論調査で尋ねると、「分からない」「どちらとも言えない」とする回答が少なからずある。

白とも黒とも言い切れないグレイゾーンという存在は、どんなアンケート調査にも出る。ただ、こうした政治的課題を、趣味嗜好のアンケートと同様に受け取るわけにはゆかないわけがある。

「分からない、どちらとも言えない」をもう少し踏み込んで読み取ってみると、次の3つに分けられるのではないか。「知らないし、知らなくて困らないし、構わない」「ある程度知ってはいるが、あまり関心がなくどちらでもよい」「よく知っているが、賛否どちらもなるほどと思い、一概に言えない」

政治や経済の動きは新聞やテレビのニュースでも繰り返し取り上げているが、咀嚼し理解するには少々努力がいる。忙しかったり面倒だと、適当にパスするかナマかじりで済ませることになる。良いも悪いもない、世の中は大体そんなふうに回っている。

池上彰の人気が高いのは、そこを噛み砕いて分かりやすく解説してくれるからで、彼は1994年開始のNHK「週刊こどもニュース」ですでにその力量を発揮していた。こどもに分かるニュース解説をしながら、おとなの視聴者に注目され、私もよく見た。2010年に放送が終了したのも、番組のタイトルが実際にそぐわないからだったという。

そんな手間の掛かる説明は飛ばし、とにかく数で優れば勝つのが民主主義のルールだから、手っ取り早く単純化して印象付け、大衆ウケを狙うのがポピュリズム(大衆迎合主義)のやり方だ。この手で、トランプの排外主義がツボにはまり、共和党の大統領候補選で予想外の成功を収めている。かつてはジョージ・ブッシュも「9.11の報復」でアメリカ国民を熱狂させた。さらに遡れば、ヒトラーは全権委任法を手に入れた。こうしたことは、いったん勢いがつくと暴走して止まらなくなる。

ポピュリズムが勢いをつけようと狙うのは、この「分からない、どちらとも言えない」の層だ。先の3分類のうち、「よく知っているが一概に言えない」の層は、他の2つの層と違って考えあぐねて真剣に悩んでいるように見えるが、自分の意見を持たず、大勢(たいせい)に流されやすいという点では変わりない。

よくは知らなくても、よく知っていても、自分の意見を持たない限り、なにかの弾みでトランプやブッシュのような扇動に乗って、あっという間にひと飲みにされる。国家規模の付和雷同には取り返しのつかない犠牲がしばしば伴う。アメリカはブッシュがアフガン、イラクに手を出した戦費でいまだに19兆ドルもの債務を引きずっており、それがトランプの極論と人気につながっている。



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日本が自らの道を誤りませんように





彼らの死生観


友人のAさんに一昨年夏、前立腺がんが見つかった。病巣は4段階判定のうち第3段階まで進んでおり、もう手遅れかとショックを受けた。医師の判断に従って放射線と抗がん剤治療を選び、入院、通院を続けたところ、幸い仕事に復帰できた。

彼の職業は税理士で、歳は69歳、このまま仕事をやめてもよかったが、退屈するのでその気はなかった。仕事は死ぬまで続けたい。

ただ、再発の不安は常にある。ムリはいけない。ストレスが重なると免疫力を弱め、再発を呼びかねない。そこで、体調維持のため仕事量をセーブして午前中だけ働くことにした。遠隔地や内輪もめの多い顧客は発病を理由に顧問契約を降ろしてもらった。

仕事を減らした理由はもうひとつあった。死に直面して気がついたのは、海外旅行、特にアメリカ、ヨーロッパには全然行ったことがない。命に限りがあると思い知って、やり残したまま後悔したくない。そうだ、好きだった絵も思うまま描いたらよいのだ。いまさらガマンすることもない。

死を目の前に突きつけられて、自らの行動を見つめる話はいろいろとある。黒澤明の初期の作品「生きる」は、事なかれ主義のお役所仕事に徹していた市役所の市民課長が、胃がんでこの先長くはない寿命を覚る。人生の意味を見失い、一時的な享楽に走ってみるが満たされない。そして、地域住民から要望が出ていながら棚上げにしていた公園建設に使命を見出し、やり遂げて亡くなる。

これは映画の上の話だが、実話もある。俳優の宇野重吉は、民話に材を取った「三年寝太郎」の全国縦断の地方公演を敢行中、肺がんが見つかり、公演を中断して手術を受けた。医者は舞台への復帰を禁じたが、宇野は公演を再開し、幕間に酸素吸入の助けを得ながら予定通りやり遂げた。その不思議な力に支えられて演ずる姿は、ニュースでも報じられた。退院から8カ月後に亡くなった。

指揮者の小澤征爾は、2010年、食道がんで食道を全摘出し、その後腰痛の手術もし、体調は決してよくないが、音楽活動への意欲は衰えず、ことし80歳にしてグラミー賞を受賞した。

彼らと比べるとAさんには仕事に対してそれほどの執念は感じられない。「税理士の仕事って、他人の経済活動の後始末をするだけで、ものを生み出すってわけでもないしね」と言うのだが、それでも病にへこたれず、それなりの新しい生き方を見つけた。

パリやローマ、ロスやニューヨークに行ってみたところで、凱旋門やコロッセオが、なるほど以前テレビや写真で見た通りある、と確認をするだけのように思われるが、彼には生き続けるための目標がなくてはならず、また確認して満足できるのだろう。

私の“その時”はどうなるだろう。死をごく自然な日常のできごととして受け入れ、死ぬまでにやるべきことを決める心の準備はしているが、その時にその通りにできるかどうかは分からない。



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あなたが毎日を平静に送れますように