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.   「生きるってなに?」を究極のテーマに

.         百人百様の生き方に虫瞰(注)の視点で迫る

.      小林史明のメッセージ・ブログ.





                  (注)虫瞰 【ちゅうかん】
                 「鳥瞰」の反意語。大空を翔る鳥の目で俯瞰するのではなく、
                 草の根を掻き分けて虫の目で地表をつぶさに観察すること




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信ずる者に幸いあれ 1

2019/01/18 15:41
次男が昨年、秋も終わりかけたころから教会の日曜礼拝に通い始めた。気持ちの落ち着ける場がほしかったようだ。

宗教心を持つことはよいことだ。しかしどんな教団なのか。私にはキリスト教の教団のことはよく分からない。見かけは優しいが、実は狂信的なカルト教団だったりすると厄介なので、クリスマスイブのイベント開催の機会に、ようすを見に行ってきた。

クリスチャンのハープ奏者が招かれて演奏し、そのあと賛美歌を少しと牧師さんの話があった。次男と顔見知りの数人と挨拶を交わし、話してみたが、みな穏やかで気になるような点はなかった。

雰囲気だけでは分からないので、ネットで教団をチェックしてみた。私の知識と言えば、中世の宗教改革で、免罪符を与えて金を集めるカトリック教会に抗議して、プロテスタントが分立したことぐらいだが、プロテスタントはその後もたくさんの教団に分裂しており、大きくは福音派と自由主義神学に二分できるらしい。

次男の通う教団は日本福音同盟に属し、「聖書は神の霊感によって書かれ、誤りない神のことばである」との立場にある。特権を振るう教会ではなく、原点の聖書に戻ろうというのは、プロテスタントの出発点としてもっともな話だが、自然科学の発展とともに困った問題が出てきた。

地球は宇宙のかなたで星屑が衝突、合体し、冷えて固まった惑星で、人間は猿から進化したことを受け入れるなら、聖書に書かれた天地創造をどう扱えばよいのか。ノアの方舟、処女降誕、キリストの復活、数々の奇蹟。この点で、多数の教団には硬軟あるが、聖書にも誤りがあると認めるのが自由主義神学で、福音派はあくまで忠実な聖書信仰に基づくらしい。

宗教の領域でこんな話はいくらもある。天地創造は神道にもあり(日本書紀)、釈迦もまた摩耶夫人の右脇から生まれたとされている。釈迦もキリストも実在の人物で、そんなにむちゃを言わなくてもと思うが、宗教が神格化や神がかりをして何が悪い、と言われればそれもそうだという気になる。

ウソかマコトかなんてことはどうでもよい。たとえウソだとしても信じるか、それはそれとして合理的に使い分けるか、そこに信仰のあり方の違いがあるのだろう。

ウソだとしても信じられるか。親鸞は、門徒に教えない特別な秘法があるのではと彼らから問われ、「そんなものはない。ただ師の法然上人の教えを守って念仏を修行するのみ。もし師に騙されて地獄に堕ちるなら、それでも後悔はない。私にはこうするより他に方法がないから」と答えている(歎異抄)。ここまで思い切れると、信仰に凄みが出てくる。(つづく)


おまじない

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絵に描いたような幸せ

2018/12/31 16:49
年末になると若夫婦が子どもを連れて里帰りし、老夫婦が顔をほころばせて孫を迎える――そんな風景が、混雑する駅のホームで昔と変わらず繰り返され、季節の定番ニュースになる。

老夫婦にとって、血のつながりのある孫は、特別な感情をかもしだす存在のようだ。歳を重ね、自らの先行きに限界のあることを実感し始めると、子や孫を通して自分の因子が受け継がれてゆくことに安心し、自らが永遠だと感じるからではないか。顔立ちが似ている、性格が似ている、何気ないしぐさが似ている……他人の子どもではそういうわけにゆかない。

たとえばBSテレビで、数十年前の古い映画を見ると、とっくに物故した俳優や女優が次々と出てくる。ああ、あの人いたな、懐かしいなと思いながら、ふと気がつく。あれだけの名俳優、人気スターが記憶からすっかり消えて忘れていたことに。

去る者は日々に疎し。そりゃそうだ。アカの他人をそういつまでも覚えているわけがない。してみると、有名でもない自分なんか、知っている人もたいしていないのに、すっかり忘れ去られて、存在していた痕跡さえなくなってしまうのではないか――そんなモノクロの風景にみるみる色彩がよみがえるのが、家族や子孫に命がつながってゆくという思いだ。

ところが、夫婦や家族の関係を長く維持してゆくには、相当の我慢や妥協を強いられるのも現実で、耐えきれずに離婚する人は、日本人の3組に1組というから、結婚を後悔している夫婦も含めると半分以上になりそうだ。

離婚して子どもと会えなくなる人もいる。離婚した人は、結婚してからこんなはずではなかったと気づくが、それを見ていた子どもは結婚すれば幸せになれると思うのは幻想だと、早くから冷めた目で見るようになる。独身のままで家族のしがらみなく、自分の時間と金を自分だけのために使える一代限りの自由と、リスクはあるが一度は結婚し、わがままを抑えてにぎやかな家代々のどちらを選ぶべきか。

もちろん長きに亘って信頼し合い、とても円満な夫婦もいる。孫と再会してうれしいことに理屈なんかないおじいちゃん、おばあちゃんもいるだろう。

おまじない

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正月は軽めに過ごそう






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睡眠障害対策

2018/12/23 15:46
夜、寝入ってから2時間ほどで目が覚めてしまう。トイレに行って寝直しをするが、眠りが浅く、よく夢を見る。たまには楽しい夢もあるが、たいていろくでもない。睡眠時間が合計で4時間か、せいぜい5時間で、昼間、特に昼食後になると眠くなる。居眠り運転には気をつけているが、2、3度誘い込まれたことがある。会議で人の話をじっと聞いているときも辛い。

対策はいろいろやってみた。睡眠導入剤は多少効果があるが、寝起きに体がだるくなることがあり、常用はしたくない。

床についた後、考え事が始まって頭が冴えてしまったときは、酒を呑んでリセットするが、これも多用すると酒量が増える。睡眠学上も寝酒はよくないそうだ。

寝る前に風呂に入り、体温を上げておいて、少し下がった頃に寝ると比較的いいが、睡眠障害解消の決定打まではゆかない。

昼寝を15分か20分すると元気になるそうで、事実、休日に自宅で昼寝すると快適だが、会社ではなぜか眠れない。仕事モードの切り替えができないようだ。

そんな話を取引先の人に話したら、ドクターエアという昼寝用の電気製品を贈ってくれた。ゴーグルのようなかっこうをしていて、アイマスクのようにして目を塞ぐ。スイッチを入れると、小鳥のさえずりや水の流れる音が聞こえてくる。こめかみに圧力を断続的にかけてマッサージし、閉じたまぶたのあたりが少し温かくなる。

ふうんと思いながらイスに坐って試してみて、これじゃあ違和感が気になって眠れないだろうと思っていたが、気がつくと眠りから覚めていた。これで夜間の睡眠不足を全部補えるわけではないが、睡魔に襲われながら昼間眠れない、あるいは眠ってはいけない状態からは抜け出せそうだ。

どういうわけで効果があるのか知りたかったが、操作方法や注意書きを載せた取扱説明書があるだけで、メーカーのホームページをたどっても、筋肉を鍛える健康器具が売れ筋のようで、電気昼寝器のことは探し出せなかった。

高速道路のサービスエリアに、お試しコーナーでも用意すればいいのに。

おまじない

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朝までぐっすり眠りたいが、ずっと覚めないのも困る





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ひとこと添える

2018/12/14 11:54
今年も年賀状を書く季節が来た。例年、ほぼ印刷にして、下の方に短信が書き添えられるよう余白を作ってあるが、ハテ、何を書いたらよいかと考えあぐねる相手もいる。

なにしろ、もう10年も20年も会ってない人もいる。そう親しかったわけでもなく、なりゆきで年賀状ぐらいは交換してきた相手となると、いまどんな暮らしをしているか見当もつかず「5番街のマリー」状態になる。

もうそろそろいいかな、とやめてみても、相手から律儀に届くとやめられない。その逆もある。同じタイミングで同じ気持ちになるのはむずかしい。まあ、年賀状だけの付き合いで、安否確認という相手がいてもよいだろう。

そこそこ交流があっても、添え書きに困って「お近くおいでの節は、ぜひお立ち寄りください」とか「たまには一杯やろう」とか「今年こそゴルフを一緒に」などと書いてくる人もいる。こういうのは実現したためしがない。

私も、いよいよ困ると「お元気ですか」「○○君はどうしていますか」「新居はいかがですか」など近況を尋ねるが、双方同時発信が弱点になり、1年後に質問の回答が来ることはない。

年賀状も昔とは様変わりしてきた。私が小学校のころは、図工の授業で版木に彫刻刀を揃えて、年賀はがき用の版画を作った。今もやっているのだろうか。

年賀状に写真を使える時代になると、子どもの写真でスペースを稼ぐのがはやるようになり、私もよくその手を使った。送るほうは楽しいが、もらってもうれしいわけではない。

近ごろはわざわざ郵便配達を頼まなくても、メールでもラインでも即座に用が足せるが、やはり元旦は年賀状が束になってポストに入ってないと、正月気分になれない。

取引先や遠い親戚など、定型的なあいさつ文を印刷しただけの儀礼的なものは、差出人をちらっと見て終わってしまう。それからすれば個人的な相手には、たいしたことではなくても、ほんのひとこと添えると、画龍点晴の趣きがある。多少面倒でもやむをえない。


おまじない

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添え書きに心が少し伝われば





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裏目の居酒屋

2018/12/03 12:36
長年、車通勤をしているので、帰りがけに飲み屋に立ち寄ることはない。車を会社に置いて出かけると、翌朝はバスや電車の面倒な乗り継ぎ出社になる。帰宅して車を降りてから飲みに出かけ直すのもおっくうだ。それに家の周辺は昔からの住宅街なので、食事処はそこそこあるが、居酒屋となると数が少なく、気に入った店がなかなか見つからない。これはかなり不幸なことだ。

それでも息子に誘われれば、よい店がどこかにないか捜してみようという気になる。駅まで歩くとチェーン店がいくつか開いているが、若者が集まって騒々しいので、落ち着いて飲めない。居酒屋はまず雰囲気よく、気が利いてくつろげること、料理がうまいこと、それでいてそう高くないこと。

電車に乗って繁華街まで足を伸ばせば、そういう店はいくつもある。宴会やパーティならそれもするが、サンダル掛けの普段着で出かける行きつけの店が、どこか近くになければならない。

物色しながら入ってみたA店は、カウンター6席に4人掛けのテーブル席が2つ。このぐらいでも悪くない。年寄り夫婦が二人でずっとやってきたようで、手料理の数も一応揃って味も値段も手ごろ。

ところが、カウンターにぶら下がっている客が互いに顔見知りの固定客ばかりで、市電がなくなったのは昭和のいつごろだとか、そのころだれそれは昔あった映画館の裏に住んでいたが、その後離婚して商売替えをしたな、娘がひとりいたがどうなったか、などと昔話で盛り上がり、店のおやじも相槌を打ったり、手持ち情報を打ち明ける。私も当時の街のようすは知っているが、輪の中に入ると足抜けできなくなりそうで、静観しているとよそ者の気分にさせられる。こりゃだめだ。

B店はA店より広めで割烹に近い。値段は高めだが料理もよく、女将(といってもかなりのばあさん)の話ではこの地に3代目の老舗らしい。それは知らなかった。心地よく楽しめそうだが、なんだか店内ががらんとして人気(ひとけ)が乏しい。もっと流行ってもよさそうだがと思っていて、だんだん分かってきた。

ばあさんが料理をお盆に載せて運んでくるのだが、手がぷるぷる震えて危なっかしい。昔、ドリフターズの「もしもこんな…」シリーズで志村けんが演じていたじいさんそのままだ。注文した料理も板前に通すまでに1つ、2つ忘れてしまう。それでいて、ひれ酒のアルコール分をマッチの火で飛ばさないで飲んだら、「飲み方知らないね」と余計なことを言う。飲み方ぐらい知っているが、省略したら無作法というほどのものではなかろうに。

3代目が板前でばあさんはその母親らしい。老舗のプライドが邪魔をして、客についなにか言って、客足が遠のいてしまうのだろう。

板前が時々ばあさんに怒る。また注文を忘れたらしい。客の相手をするのが無理なのに、本人は「私が元気なうちは」のつもりのようだ。若いアルバイトを雇えば解決すると思うが、新人が入ってくるとばあさんが余計な口を出して居つかないのかもしれない。客が減ればアルバイトを雇う余裕もなくなる、献立の値段も上がる。悪循環だ。

次来るとすれば、カウンター越しに板前の正面に席を取ることにしよう。


おまじない

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彼の余生

2018/11/22 15:31
たまにファミレスで朝食をとることがある。前回出かけたのは夏の終わりごろだったか。入口に80代半ば、ひょっとすると90過ぎと思われる老人が座っていて「おはようございまふ」と大きな声をかけてきた。語尾で息が抜けるのは入れ歯のせいだろう。いきなりで戸惑ったが、挨拶を返しておいた。

数カ月して久しぶりに来てみると、同じ老人が同じ場所にいて今度は「グッドモーニング」と呼びかけてきた。毎朝ずっとこうしているのだろうか。ちょっと問題だが、一応手を上げて会釈をしておいた。

朝食を食べ終わったころ、その老人が店に入ってきた。前かがみで歩行はゆっくりだが、杖はついていない。ハンチングをかぶり、ちょっと小ぎれいにしておしゃれの意識があるらしい。ウエイトレスに声をかけながら、一番奥の席に座った。常連客と思われる。

奥から左手に曲がると喫煙席の部屋がある。しばらくして喫煙席から出てきた老女と少々言葉を交わす。顔見知りのようだ。

またしばらくすると喫煙席に入る中年女性がいて、会話を始める。今度は少し長い。女性はタイミングを見て切り上げようとするが、「ございまふ」の老人はつぎつぎ話を繋ぐ。

ひとり暮らしなんだろうな、と思う。家にいても寂しくて話し相手がほしい。そこで店の入口で待ち構えて、誰彼なく声をかけることを思いついた。妙な老人と関わりたくなくて、無視する人もいるだろう。言葉を交わしてきっかけができると、もっと話したい。

多少迷惑がられながらも、こうしてだんだん相手を増やしてゆく。おしゃれをしているのも、好感度をあげたいために気を使っている。独居老人の社交場――たぶんそういうことなのだろう。

彼はどんな人生を送ってきたのだろう。若いころはごくごく平凡だったのか、おしゃべり好きだったのか、案外人見知りするほうだったのか。そして残り少ない余生をどう終えてゆくのか。すれ違っただけの私には知るすべもないが、今をこうして生きていこうと努めているのはよく分かる。


おまじない

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人はいつも進路を探す。誤らぬよう願いつつ





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ストレス耐性

2018/11/09 14:32
世の中には、面倒なことはなるべく人に頼って、自分はストレスの少ないところを泳いで渡ろうとする人と、目標に向かって使命感に燃え、苦労しながら乗り越えようとする人がいる。

負荷がかかる生き方は明らかに後者だが、どちらが大変かというと一概には言えない。負荷の多い少ないにかかわらず、ストレス耐性が強いか弱いかという問題がある。

耐性が弱い人は、少々のことでもストレスを感じやすく、自分でよく分かっているから、先回りして対策を立てる。それでも完璧な回避はできず、気持ちの切り換えやリラクゼーションに腐心するが、もともと割り切り方のうまいほうではなく、ストレスをいつまでも引きずって解放されない。

耐性が強い人は、むしろ少々のストレスでは物足りない。難局を乗り越えたときに感じるえもいわれぬ達成感、充実感がたまらず、自ら望んで再び難問に挑む。ただ、使命を貫き通そうとすると、周囲と摩擦を起こしたりぶつかったりして、無傷ではいられない。それでも若いうちは満ち溢れる活力で振り切れるが、歳を経るとともに、出る杭は打たれると悟り、折り合いをつけようとするが、身についてないのでうまくゆかない。

両極のタイプが友達同士だと、内心では、互いにあんな生き方をしてなにが面白いのだろうと思いつつ、反面、あんなふうにできればどんなにラクだろうとうらやましくもある。それでいて人の世の生きにくさをどこかで共感し合っていて、妙に仲がよいこともある。

あんな生き方ができたらきっと幸せだろうと思っても、相手の心の奥まで見えているわけではない。自分にないものを欲しがる欠乏動機でなく、自分にあるものを大事にして存在動機の生き方をしてゆくのが、よくも悪くもその人らしさではないか。


おまじない

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辞表の裏の人間模様

2018/10/31 12:31
年に数人、社員が辞表を出してくる。「私儀、このたび一身上の都合により」と決まり文句しか書いてないが、人それぞれに裏事情がある。

近ごろ見かけるのが、認知症の親の介護。火事になりかけて目が離せない、嫁が世話をしているが夫婦仲もギクシャクしてくる、離職まではできないが、転職して非常時に駆けつけられる職住接近にしたい。そう言われると引き止めようがない。

両親がすでに他界してのひとり暮らしなら、そんな問題も起こらないが、それはそれで辞表が出る。この歳まで独身で、なんとなく働いてきたが、いまさら結婚する気もなく、親の残した遺産で食って行けるから、ムリして働かなくてもここらで見切りをつけたいと方針を決める。「辞めてどうするの」と聞くと「他にやりたいこともないけど、話し相手に犬がいるから」。人生に目標を持たないと退屈するよと言ってみても、すでに別世界に入っている。

親は元気、自分も若い、未婚でしがらみなく、目標は夢のように高く、なのに転職を繰り返す場合はなぜか。前職はミスマッチ、現職も合わない、どこかに自分にピッタリの天職があるはずだと思って、腰が落ち着かない。全身どっぷりの青い鳥症候群なのだ。

新卒者が入社してくると、私はガツンと先制攻撃をかけておく。「自分にピッタリの天職などいくら探してもどこにもない。窮屈だったりダブダブの服を具合悪いと思いながら地道に着続けているうちに、やがてその服がピッタリ合ってくる。つまり天職は自分の中に隠れている。外に探しに行って見つかるわけがない」

深く考えないで就職してきて、どう見てもミスマッチで、潜在能力が引き出せないときは、社内で配置換えをすると生き返る。見どころはあるがギョッとするほど転職歴のある人を、ハラハラしながら採用してみたら、結婚してすっかり落ち着いたケースもある。

結婚して辞める女性もいる。いまは育児休業制度も整っており、昔の寿退社とは事情が違う。他社の事例だが、学生時代の同級生同士がそれぞれ別の先に就職し結婚。妻は化学薬品メーカーの研究員で将来を期待されていたが、夫の転勤であっさり退職。優秀な人材を大事に育ててきたのにと、上席が泣かんばかりに悔しがる。

自営業の跡継ぎにと、親や親戚に呼び戻される場合もある。給料を払いながらキャリアを積ませた費用がぱあっと消える。プロ野球なら金銭トレードやバーターがあるが。

ただ、こうして理由がはっきりしているケースは少ない方で、なんだかムニャムニャ言って要領を得ず、本心を明かさないのは、ほとんど職場の同僚や上司との人間関係のこじれに起因している。顔を見るのも嫌なほどこじれてくると、毎朝同じ顔を見に出勤するのも辛かろう。こうなる前に相談してくれれば、関係修復なり職場転換なりの方法があるが、口をつぐんだまま転職先を決めた上で辞表を出すので、手が打てない。

上司対部下の不和は、権限の強い上司に責任がある。部下対部下の場合も、上司の監督不行き届きになるが、上司が常に人心収攬術に長け、人格者であるのは難しい。もっと厄介なのが、上司対上司、役員対役員で、主導権争い、権力争いに発展すると派閥ができ、組織が内部から弱ってゆく。「社長争奪」(有森隆著、さくら舎刊)にはパナソニック、ダイエー、大塚家具、三越伊勢丹など8社の壮絶な闘いが描かれている。権力の頂点に立つか、敗れて辞表を書くのか、策謀がうずまいて人格者どころでない。

人間模様は興味深いような、哀しいような。


おまじない

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曲がりくねった道でも歩ける





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日常と非日常

2018/10/22 10:17
かなりあらたまった席に招かれることになり、末席ながら欠席するのも穏やかでないので、出席の旨伝えたところ、当日の服装は「モーニングコートまたは紋付き羽織袴が一般的」と通知があった。

スーツでもよさそうだが、そんなわけにもゆくまい。訃報に駆けつけた通夜で、ダークスーツならセーフといっても、周りが真っ黒な喪服で埋まっているとひどく目立つのと同じで、並みいる正装の群れの中、スーツは避けたほうが無難だ。

さすがに紋付き羽織袴の用意はないが、モーニングは持っている。以前、社内結婚をする社員に頼まれてよく仲人を務めた。

近ごろの結婚披露宴は、仲人も立てず、ドレスコードもなく、出席者は平服が主流で、格式ばらなくなった。儀式なら目に見える形で慶意を示さないと非礼だが、儀式の要素がなくなったということだろう。

冠婚葬祭、慶弔はいずれも非日常(民俗学で見る「ハレ」)で、日常(同「ケ」)とは明確な区別があったが、結婚式は「ケ」になってきた。離婚、再婚が“日常化”してきたからだろうか。

さて今回は、結婚式でなく慶事の中でも本格派なので、長年使ってなかったモーニングを奥からあわてて引っ張り出してチェックした。ウエストが少々きつく体型を調整しなければならないが、ひとまず安心――というものの、ことは上下とベストのスリーピースで終わらない。モーニング用のネクタイとワイシャツ、カフスボタン、サスペンダー、胸ポケットに飾りの白ハンカチ。白手袋はいるのかどうか。

これが家捜ししてなかなか見つからない。家の耐震工事をして移ったときに、どさくさでどこかに紛れ込んだのかもしれない。焦りながらさんざん探して、ネクタイと手袋以外はようやく見つかった。ないものは再調達。クリーニング済みだったワイシャツも、糊を効かせてもう一度。

儀式は非日常だから面倒なものだ。面倒でも型通りしないとハレにならない。よいも悪いもない。


おまじない

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儀式は、けじめをつけて気分を切り替えるもの





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コジローの自然死

2018/10/07 14:10
昨年夏から、糖尿病治療を続けてきた老犬のコジローが死んだ。3日前の朝食を吐いてから、食事を全く摂らなくなり、続いて水も飲まなくなった。だんだん体力を失い、クッションの寝床でじっとうずくまるようになり、たまに排泄で起き上がり、よろけながら場所を探すが、大して出ない。

3日前の夜8時過ぎには、通院していた動物病院に打診したが「時間外なので夜間診療をしている所に行ってください」と紋切り型に断られた。この病院は副院長が丁寧に診てくれていたが、昨年末に辞めてからは、こんな感じの院長が雑な扱いをするようになった。他にここならと思う適当な病院が見つからず、通院を継続していた。

「この時間、検査もできないし」と言い訳されたが、もう検査などする段階でなく、実際、受診したところで施す手はなかっただろう。何もできなくても、診てもらっただけで飼い主は、やるだけの手は尽くしたと気がすむものなのに。

3日間、ようすを見守りながら、これが人間なら、点滴や胃ろうや酸素吸入などの管をたくさん繋いで命の引き延ばしにかかるのだろうと思われた。そばにいてなにもしてやれない無力感はあるが、まもなく16歳という長寿であれば、老衰の死期に臨んで手を加えない自然死が、ムリのないあるべき姿だと教えられる。私の末期(まつご)もそうありたいと思う。

夜になって、しばらく息が荒くなったが、やがて苦しむことなく静かになった。コジロー、コジローと呼んでみたが、反応がない。

この1年あまり、朝晩休まずにインスリンの注射を打つのが私の日課だった。白内障で目も見えず、耳も聞こえず、認知症のようでもあり、食事にも排泄にも世話がかかったが、そうしたすべてが終わった。

ひと晩、仏壇の前に安置し、翌朝、庭の隅に埋めて、お供えをし、念仏を唱えた。

家に初めて連れてきた日、膝の上に乗ってきて撫でてやったこと、ドッグランに行ったひととき、バイクに轢かれそうになった時、いろいろ思い出がある。死が重いのは、すべてが還らないからだ。


おまじない

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一切皆苦、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静







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灼熱列島

2018/07/26 11:13
おい、いつまでふざけているんだ、いい加減にしろよ、と言いたくなる暑さが続く。24日は熊谷で41.1度。国内過去最高を記録したといわれても、おめでたくもない。テレビも新聞も「命の危険がある暑さ」と耳新しい脅かし方を繰り返しているのに、先週1週間に熱中症で亡くなった人が65人、病院に搬送された人は2万2000人を超えるという。

こうなると大型台風か集中豪雨、大地震、大津波の被害と変わりない。避難や対策は容易で、涼しい部屋でじっとして、水分補給に気をつけていればよさそうなものだが、人にはそれぞれそうばかりもしていられない事情がある。

大工には建築工程があり、引越し業者には予約日程があり、農家は除草や収穫を休めない。スーパーの駐車場出入口や道路工事の現場で、定年後再就職した高齢者が、足許の照り返しの厳しい炎天下、猛暑に包まれて車の誘導をして立ち続ける姿は、見るからに大変だ。

命を危険に晒してまでやらねばならない仕事とは思えないが、かつてない経験で、どのていどの危険度なのか測りかねている面もあるだろう。小中高生が体育の授業や大会でバタバタ倒れるのは、スポ根主義がいまだに生き残っているのか、指導員がただ間抜けで気が利かないだけなのか。

とはいいながら私も、先週の日曜日39.5度のカンカン照りの中、ゴルフを1ラウンド回った。一緒に回る相手がいたのでキャンセルしなかったが、常識的にはアホというしかない。保冷水筒に冷たいお茶を2リットル用意し、カートに乗り、茶店で梅干をかじり、変調を感じたらすぐやめるつもりでいて全部回れた。

次の日は39.6度だった。都心に電車で出かける用があり、思いついて傘を差してみた。日傘と言うと女性専用だが、なぜ男物がないのか。雨傘でも日差しは遮れるので効果はあるだろうと試してみたが、思ったほどではなかった。熱くなったコンクリートの照り返しにはなすすべもない。女性が日傘を差すのは日焼けを嫌うためらしい。

昔から酷暑で名高い名古屋で、都心の地下街が縦横に発達しているのも、喫茶店の数がやたらに多いのも、暑さ避けが要因のひとつらしい。味噌料理が多いのも日持ちするため。

してみると、ひょっとして名古屋城のシンボル、金のしゃちほこは雨を降らせて涼を呼ぶためか。空襲で焼け落ちた天守閣を再建し、しゃちほこを復元したら、とたんに伊勢湾台風に襲われ、シャチが水を呼んだとうわさになったことがあった。


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秋よ来い、早く来い





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守破離

2018/07/18 13:18
書道を習い始めて3カ月、目的の企業理念を墨で書くのは、手本があるからそれなりに書けるが、どうもなんだか手本を真似しているだけては面白くない。注意深くなぞってみても手本以上になるはずもなく、苦労して書いたまがいものをできあがりにするぐらいなら、手本をそのままモニュメントに採用した方がマシではないか。

ただ、自分が思いを込めて生んだ言葉を自分で書く以上、その字にその思いを乗せて表現できないかという気があるから、手本は手引き書あるいは参考資料になる。マラソンで言えば、先頭を走るペースメーカーのようなものか。

行儀よく整ってはいるが、どこか物足りない。もっと面白みを出して、印象に残るような個性的な味付けをしてほしい、と指導の書家に注文を出したら、一応書いてくれたが「ああ、これだ!」と思うような字にならない。技術的には、楷書、行書、草書、漢字、仮名、太字、細字は言うに及ばず、隷書でもてん書でもさらさらと自在に書ける人なのだが、私の思いが伝わらない。

そんな注文をつける生徒は初めてで、面食らったようだ。よく考えればもっともな話で、教師が私の個性で字を表現しようとしてもできるわけがない。できたとしたらそれはだれの個性なのか。

絵の制作をしている娘にラインを送ったら「真似がつまらなかったら自分でアレンジしてみれは」と返信が来た。「真似するだけでは自分がない。模写ばかりしている絵描きのようなもので、面白いわけないだろう」と書いたら「お父さんは自己表現を楽しめる人で、そうでない人もいる。同じ走るのでも速く走りたい人もいれば、ただ走るのが好きな人もいる」と大人びた解説をする。

そうかアレンジねえ、とその気になり始めたとき、次男が「守、破、離って知ってる」と問いかけてきた。日本の武道や茶道、書道などに伝わる言葉で、守は決められた型を守って、繰り返し基本を習得する段階、破は守で身につけた基本をベースにしながら自分なりの工夫をして徐々に基本を破る段階、離は型や教えから離れ、全く新しいオリジナルを生み出す段階だという。

私は書家になるつもりはないから、守破離は別次元の話だが、それでもうんと気が楽になった。あともう少し書いてみて、良し悪しの指導や評価は受けず、自分の気に入った書を選んでできあがりにしよう。


おまじない

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行きづまってもどこかに出口が





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人前で話すには

2018/06/28 17:28
社員のひとりと打ち合わせをすませて席を立ったら、わたくし事で相談があると引き止められた。なにかと思ったら、この春PTAの会長になってしまい、来年の卒業式と入学式であいさつをしなければならない、ウエブであいさつのコツみたいなものを拾ってみたが、どうもあまり参考にならず、困っていると言う。

それに、大勢の前であがってしまわないかと心配なようで、何回かやっているうちに慣れるよと言ったのだが、その2回で交代してお役御免になるらしい。慣れているひまもない。となると――。

あいさつはまあ5分かせいぜい10分。それ以上長いと嫌われる。その時間内で話のポイントを3つか4つ上げて肉付けし、つないでみる。なにか伝えたいメッセージを入れるとなおよいが、説教調にならないこと。逆にあっちこっちの顔を立てようと八方美人になると、聞いている方は退屈で、褒められた本人しか喜ばない。

全体の構成ができたら、一度原稿にしてリハーサルをしてみる。ただし丸暗記は絶対にしないこと。本番で舞い上がってしまうと、突然まっ白になって「……」とあとが続かなくなる人がいる。衆人注視の中進退窮まると、見ている方がハラハラする。念のため、原稿は手許に置いてもよいが、あくまで話のポイントを頭に、あの話の次はこの話と大筋を心得ておけば、少々のつなぎはその場の思いつきで通過できる。

聴衆を飽きさせないためには、ちょっとジョークを入れて引きつけるとよい。笑いがどっと取れるとやみつきになるが、見事にすべることもある。すべっても気にしない。

ジョークまではと思うなら、ご当地アイテムをひとこと加える。学校の近くの山川や、校門の桜の木、近所の文房具店のおやじでもよい。これで俄然、定型文を免れる。

学校の先生、政治家、坊主や牧師など、しゃべるのが商売の人は、緊張せず無難にあいさつをこなす。しかし、そういう人たちが、いつも心に残る話ができるかというと、それはまた別の話。人前で話すのが苦手でも、思いがこもった話なら、聞く人の胸を打つ。

場慣れでもテクニックでもなく、そういう人の話を聞きたくなるのは、子どもでも騙されない政官民の舌先3寸、嘘八百まみれに、もううんざりしているせいに違いない。


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主治医の交代

2018/06/18 08:22
昨年夏から、コジローの糖尿病治療を続けて1年近くになる。15歳の老犬で容態が覚束なく、最初はもうだめかと思って安楽死の相談までしたが、よく持ち直してきた。家で朝晩のインスリンの注射を打ち、食欲をなくしたりして調子がおかしいときは、病院に預けて血糖値を測ってもらい、注射液の量を微調整した。担当医は病院の副院長で、いかにも動物好きらしく、愛情細やかな対応をしてくれた。

ところが年が明けてから姿を見なくなり、院長が診るようになったが、どうもやることが雑で、血糖値の説明もあまり丁寧でない。副院長はどうしたのか受付に聞いたら、年内で辞めたらしい。このままでは不安が残るので、他の動物病院を捜してみたが、預かる施設がなかったり、開業間もない若手獣医のひとり態勢だったりで、ここならという踏ん切りがつかない。ペットの病院選びは案外むずかしい。

話変わって、私が潰瘍性大腸炎になってから3年の間、2カ月ごとに通院していた総合病院の主治医が異動になり、次回から別の医師が担当になると言われた。病状は幸い寛解(症状が安定して問題ないこと)が継続しており、簡単な問診と服薬の処方箋をくれるだけだが、主治医は質問にはよく答えてくれたし、内視鏡検査も上手だった。

次はどなたがと聞くと、H先生と言われ、Sさんでなくてよかったと答えたら、主治医もそばにいた看護婦も、いきなり笑い出した。S医師は、初診で内視鏡検査を受けたときだけ診てもらった人で、患者はよけいなことを聞かずに黙って医者の言うとおりにしていればよい、というような昔はよく見かけたタイプだった。私はなんでも遠慮なく聞きたがるが、ちゃんと答えないのは医師の怠慢だと思う。

私は歯医者にも通っている。歯医者は粗製乱造されてきたのか、数ばかりやたらいて腕前がピンキリだから、慎重に選ばないと治療どころか大事な歯をだめにされてしまう。そういう苦い経験があるので、いま通院している歯医者は、大学の口腔外科の権威に紹介してもらっただけあって、申し分ない。ただ、診察台が6台もあって、歯科衛生士のほか若い歯科医も2人ばかりいて、補助的な治療をしている。

先日、そのアシスタントが、私の歯をいじりながら「ン? アレ? オヤ?」などとつぶやく。おいおい、大丈夫か。こっちはなにをされているのか見えないのに、不安になるじゃないか。

医療行為はサービス業だと知るべし。「先生」という呼び方からしてやめたほうがよい。


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青春のしくじり

2018/06/09 16:23
テレビコマーシャルのバックに、ほんのワンフレーズ起用された歌が、なんとはなしに耳に残って、コマーシャルだから何回か耳にするうちに、しみじみ心に響くということがある。

「夢でもし逢えたら、素敵なことね。あなたに逢えるまで、眠り続けたい」(原曲は「夢で逢えたら」。1976年、大瀧詠一作詞作曲)

逢いたいなと心が躍る。でも逢えない事情がある。夢で逢えないかなと思う。そしたらいいなと思うが、逢えるかどうか分からない。夢で逢えても現実ではないが、そんなことは構わない。逢いさえできるなら逢えるまで眠り続けたい。せつないのに、うきうきしてしまう甘酸っぱい気持ちが、自然に伝わって共振する。

私が大学生のとき、夏休みに3つ年下のA子と知り合った。ストレートのロングヘアがよく似合い、まだ高校生だったが、人によく気遣いをするのが感じられた。おしゃれで自由な都会の匂いがし、話していて楽しかった。彼女の進学後もたまに逢い、鎌倉や京都に出かけたこともあった。

その後、私は世界貧乏旅行の計画を立て、まずイスラエルのキブツ(集団農場)を最初の逗留地に定めた。、一人旅だから英会話は必須になる。どんな英会話教室を選べばよいか聞こうと、私は彼女の家に立ち寄った。彼女は英語が堪能だった。すると、思いがけず彼女は「私も行くのよ。一緒に行こうか」と切り出した。

意外な話に私は虚を突かれ、とっさに「A子は北回りだろ、おれは南回りで行くから」とわけの分からない答え方をしてしまった。漂泊のバックパッカーには偶発的な危険が伴う。それを承知で、自分ひとりの力で乗り切れるか試すのが私の目的だった。彼女が一緒では言葉の疎通も完全に頼ってしまう。私は自分の都合しか頭になかった。

私の取ってつけたような拒絶理由に彼女は視線を落とし、「中東はドンパチやるから、ひとりじゃ親が心配するのよ」と言った。そりゃドンパチでなくても親は心配だろうし、私ももう少しちゃんと話すなり、彼女を傷つけない言い方があっただろうにと思う。

結局2人は別々に出かけ、私は2年かけて世界を一周した。帰国後、彼女と一度再会して、旅先でのできごとを語り合ったが、その後はそれっきりにしてしまった。

あれからずいぶん経って、あのときの気持ちを説明したくなり、彼女の家を探ししてみた。住所は覚えていないが、山手線の目白駅前のパチンコ店の横を右へ回り込み、裏通りに入ってすぐにある。2人姉妹だったから表札は変わっているかもしれない。住んでいなくても消息が分かるかもしれない。

しかし、駅前はすっかり様変わりし、パチンコ店も彼女の家も跡形もなく、ビルやマンションに建て替えられていた。

彼女はいまどこでどうしているのか。夢でもし逢えたら、素敵なことなんだが。


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井の中の蛙、大海を知らず

2018/05/25 17:49
62歳だという。いい歳をしてみっともない人だ。日大のアメフットの前監督のこと。危険な反則プレーをした20歳の選手が、記者会見で整然と真情を吐露し、真摯に謝罪した姿とどうしても比べてしまうから、よけい際立って見える。言い訳や言い逃れをすればするほど事態を悪化させているのに、全然気がついていないのはなぜか。

彼はまず、大学の運動部という二重の閉鎖社会のトップにおり、事態を口先で押し切れると思っている。大学や運動部がどこでも閉鎖社会と言うつもりはないが、ほんのちょっと前にも、志学館大学レスリング部の監督が、日本レスリング協会でパワハラ問題を起こしたばかりだ。

日大のケースは特にひどい。記者会見場の司会者も、広報担当も、関学への回答文書も、問題を選手に押し付け、全学を挙げて組織防衛、自己保身に徹している。

前監督は大学の常務理事(現在、一時停止中)で、圧倒的な支配力を持っている。しかしそれは学内でのこと。世間から見れば、往生際の悪さで醜態を晒しているだけなのに、井の中の蛙でその空気が分からない。選手は、自分にはもうアメフットを続ける権利がないと身を捨てているのに、前監督はほとぼりが冷めたらまた常務理事に復帰させてもらうつもりでいる。選手への限度を超えた指示は、大学のためであり、自分は功労者で、大学もそれをよく分かっていると思っている。

一将功なって万骨枯る。見捨てられたのは選手だけではない。都合の悪いところは、前コーチが罪を被らされている。大学に身を置いてきたコーチとしては、言い分があっても逆らえない。見放されたらこれから先どうやって生活していこうかと不安で、この場は言いなりになるしかない。しかし打つ手、打つ手が裏目続きの大学に、救済されることはないだろう。

大学も監督もコーチも、事態を甘く見ている背景に、私はこのところの政治状況が“手本”にされていると感じている。政官一体の記録の隠蔽、改ざん、廃棄、そして見え見え、バレバレでもいけしゃあしゃあの国会答弁。ああ、この手で押し切れるんだ、と。


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知らず知らず知っていること

2018/05/17 11:05
葉山に住む親戚が訪ねてきて、手土産に日影茶屋のお菓子をもらったので「日影茶屋といえば大杉栄だね」と言ってみたが、3姉妹のだれも知らないようだった。

大杉栄は大正時代の無政府主義者で、当時旅館だった日陰茶屋(のち菓子舗、日影茶屋)で、愛人に刺された。関東大震災の混乱のさなか、軍部の甘粕大尉に捕らえられ虐殺されたことでも知られる。のちに瀬戸内晴海(寂聴)の小説や吉田喜重の映画になり、映画ではプライバシーの侵害をめぐる裁判に発展したりした。

刃傷沙汰も虐殺も当時は大事件だったが、3人は私よりひと世代若いから、遠い昔のことを知らなくても不思議はない。私にしても生まれる前の話だが、妙に詳しいのは無政府主義に関心があったからなのか。吉田監督の映画を見たかどうかも記憶がない。

明治の半ばに、旧制一高の学生だった藤村操が「(前略)万有の真相は唯一言に悉す。曰く『不可解』(後略)」と「巌頭之感」を書き残して華厳の滝に投身自殺した事件も、後追い自殺する者が続くほど衝撃を与えた。当時彼の教師だった夏目漱石も少なからず影響を受けた。この「巌頭之感」は、私が高校の時、隣りの席にいた同級生が興味を持ち、教えてくれた。彼はその後社会評論家になった。

「木口小平ハ死ンデモラッパヲハナシマセンデシタ」は日清戦争の兵隊の手本、広瀬中佐の「杉野はいずこ」は日露戦争の旅順港閉塞作戦の美談として軍神化し、戦前の学校で教えたので、当時はだれでも知っていたようだ。なんで私が知っているのか、いつ知ったのかよく分からない。

こういうことは知らなくても困らないし、知っていると便利というものでもない。なんで知ったのか自分でも分からないのに、いつまでも覚えていて忘れないのは、その事柄に関心が向いて、どこか波長が合うからで、まあ趣味の範囲に近いかもしれない。多かれ少なかれひとそれぞれに違う波長があるのだろう。

そういう波長がやたら多い人は、よく言えば好事家、悪く言えば衒学者、平たく言えば物好き。もともと必須アイテムではないから、ひけらかすとろくなことはない。尋ねて答えてもらうと意外に奥深いと知る。そういう奥ゆかしさを備えて、初めて教養と呼べるようで、どうにも扱い方が微妙なものだ。


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猿との会食

2018/05/11 08:56
ゴールデンウイークに、長男の子ども2人と3男の子ども3人が合流し、年頃も6歳から2歳までのダンゴ状態で、そりゃあもう大人しくしているわけがない。群れが増えて興奮する猿だと思えば分かりやすい。

猿の相手はしたくないので、なるべく関わり合いにならないようにしていたが、みんなで食事に出かけるとなると、そうもゆかない。居酒屋の2階で、個室とはいうものの隣室とはふすま1枚。歓声、嬌声、泣きわめきになんの役にも立たないばかりか、猿同士もつれ合って、ふすまがはずれること2度、3度。隣室も大勢で宴会のようでにぎやかとはいえ、騒々しさの度が違う。

隣室は廊下のどん突きに左右に長く伸び、こっちは廊下の左右に向かい合ったうちの左側の部屋で、私は入口から一番遠い奥の席を取ったが、これがいけない。

どちらの部屋の入口も半間の素通しなので、私の席から出入り口への対角線が、突き当りの廊下を経て隣室の出入り口を越え、さらに奥へと延びる。なんの障害物もなく、遠くに座る男性客とちらちら視線が合う。その向かい側に背を向けて座った女性も、ドシン、キャーと騒ぎが高まると、分かってはいても気になるようで、時々こっちを振り向く。

「こりゃいけないよ、具合悪いよ」と私は気が気でないが、長男、3男は平静で「ちゃんと謝ればいい」と慣れたものだ。謝ったところでうるさいものはうるさい。これが自分の孫でなかったら、ぶん殴って気絶させるか、猿ぐつわを噛まして転がしたくなるだろうに。隣室の客が辛抱強くて救われた。

台風一過、猿たちが帰って平和が訪れた翌日、竹を加工してよい色合いの付いた長い靴べらが見当たらない。どうせおもちゃにして遊んだに決まっている。私の気に入りなので、どこに捨てられたか、壊されたかと少し焦ったが、見当をつけて探したら無事見つかった。やれやれ。

子どもは元気ならよいというものではない。しかし、行儀のよい猿というのも想像しにくい。


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忍耐力の修養になるとよいが





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再び習字の話

2018/05/02 17:49
習字を始めてみて、なかなかよいものだと思うようになってきた。

まず気持ちが落ち着く。イライラしていたり、気がかりなことにこだわっているようなときに、いったん心の切り換えをするのにちょうどよい。気持ちの切り換えは、以前は喫煙でまかなっていたが、あれは落ち着くというよりセカセカしながら押さえ込む感じで、立て続けに吸うヘビースモーカーになった。今はやめたが、飴やせんべいではタバコの代わりにならない。

仕事を終えて帰宅し、オンからオフの切り換えは酒に限る。大した量でもないが、テンションが一気に緩んで、飲んだあとは何もやる気にならない。テレビを見ながら寝てしまうのが常だ。おかしなことに、集まりの席で飲んでいるときは、逆に一気にテンションが上がって、しゃべり出したら止まらなくなる。なんでそうなるのかよく分からない。

机に正対し、墨を摺り始めると落ち着きモードに入る。近ごろは墨を摺るのは少数派で、手っ取り早い墨汁が幅を利かせているようだが、相撲の仕切りのようなもので、呼吸を整え、心の準備、気持ちの高まりを待つ時間はみたほうがよい。ボクシングだって、いきなり殴り合うのでなく、ゴングがなる前に、名乗りを上げたり、分かりきったルールの説明をレフリーから殊更のように受ける。

摺りながら、ほのかに墨の香りが立つ。フエルトの下敷きの上に半紙を重ね、文鎮を置く。筆を取って墨になじませる。そういう所作が精神統一の働きになる。精神を集中して筆を運び始めると、気がかりなことやうんざりしていたことが、すっと消えてなくなる。

私としては、1年ほどの手習いで、企業理念の書が仕上がったら目的達成だが、精神修養やリラクゼーションになるなら、課題を変えてもう少し続けようかと思う。ただ、でき栄えに人の評価は必要ないし、されたくもないので、級や段位はいらないし、コンクールに出品もしなくてよい。

さしあたって、色紙用に「被生森羅万象 以志而担一隅」と漢文書きにしてみるのはどうかと思うが、色紙を貰ってくれる物好きもそうはいまい。

写経の手本として定番なのが般若心経で、短いのでなにかと手ごろなのだろうが、あの経文は何回読んでも私にはしっくりこない。

となると、どうしたって座右の書の「平家物語」になる。冒頭の「祇園精舎の鐘の声」から「偏(ひとえ)に風の前の塵(ちり)に同じ」までの4対句を練習して掛け軸にし、ひとりしみじみ眺めることにするかな。


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へそ曲がりの手習い

2018/04/20 09:19
4月から1年のつもりで書道教室に通い始めた。創業80周年の記念モニュメントに、企業理念を自筆で入れるため。失笑を買うようなカナクギ流では具合悪かろう。

母が習字をやっていたので、筆や墨、硯、文鎮などは揃っている。生きていれば、一緒に稽古して多少の親孝行にもなっただろうが、5年前に亡くなった。

友達が先に習っていたので、講師や教室のようすはあらかじめ聞いていた。週1回、2時間の指導だが、10数人の生徒が、家で書いてきた半紙を10枚、20枚広げて、いいとか悪いとか朱を入れてもらう。先着順で、ひとり3分、5分もあれば終わってしまう。始業に遅れても構わないが、全員を見終わると30分ほど早く店じまいになるので、時間半ばには来て、他の生徒の手直しを見ながら順番を待つ。

筆を持つのは中学以来だからどんなものかと思ったが、書いてもらった手本を見ながらの練習なので、それなりには書ける。手本はまず楷書から。講師はさすが手馴れてさらさらと、当たり前だが苦もなく巧みに書いてくれる。希望としては行儀のよい楷書より、勢いや味のある字を書きたい。筆に慣れてきたら、手本を行書にしてもらうが、所詮は見よう見まねの域を出ないのだろう。

自筆という以上、本当は独自の味わいが出せなければ意味がないが、それは書家に求められる水準になる。私の場合、手本に追いつかない稚拙さが、オリジナル色になりそうだ。それでよい。

教室に来ている生徒はみな10年、20年選手で、背丈ほどもある紙に漢詩だの俳句だのを、墨痕鮮やかに書き連ねて持ってくる。もう習わなくても充分りっぱに書けるのにと思うが、そういうものではないらしい。コンクールに出品して受賞したり、段位を上げたり資格をもらうのを励みにしているのだろう。習い事に共通で特有の世界がある。マズロー流の心理分析で言えば、所属の欲求と承認の欲求と言えばよいか。

そう思うと、私の素直でない性格がちょっとひとこと言いたがり始める。王義之や小野道風の書体、筆跡を真似てなぞったり、李白、芭蕉の詩歌を借りてきて何度書き直したところで、真筆と模倣の間をどれだけ埋められるかという欠乏動機に終始し、「我は我なり」の存在動機が満たせるとは思えない。

入りたての新顔が、憎まれ口を叩くのは慎まないと。群れに抵抗なく、従順に溶け込むのはどうも苦手で困ったものだ。


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