私の76年と、これからのこと(2)

私はさらにフィクションも書き始めた。新聞、雑誌の記事はいくら書いても書き飛ばし、読み飛ばされっぱなしで、書いた端からつぎつぎ消耗してゆく、それがたまらなくむなしくて、直木賞作家の井出孫六さんの教室に通い、何作かの習作を書いた。作家として立つのは困難でも、取材記者で生計を立てながら、自らの思いを見つめた世界を描いてゆこうと考えた。

ところがちょうどそのころ、生活のベースにと考えていた新聞社が経営不振になり、傾き始めた。動きの鈍い編集長と、きびきび小回りの利く営業妻の夫婦仲がかみ合わずついに離婚、お手上げ状態で倒産寸前の経営が私に託された。

火事場のバカ力とはこのことか、取材も営業もの一人二役で走り回り、悪夢のような経営危機は、意外に早く半年で立て直した。その後徐々に発行部数を伸ばし、5年で3万4000部から10万部を達成し、安定期に入った。ほっとひと息ついて、中断していたフィクションに取り掛かろうとした矢先、兄の訃報が届いた。拡張型心筋症、享年50歳。

兄は父の200人規模の会社を承継し、派手な社長就任式を披露したばかりだった。で、どうするの。弟は私しかいない。私は実業界より、ものを書いているほうがずっと楽しい。しかし父はすでに81歳、認知症が始まっており、昔の迫力など見る影もなかった。

とりあえずこの場はつながなければならない。私は東京の会社を残したまま名古屋の経営を兼任し、後継を見つけたら東京に引き上げるつもりで社長に就任した。ところが間もなく、後継者など他にいるわけがないことに気が付いた。キャリアの十分な実務担当者はいても、それは企業の進路を決定して最終責任を引き受ける人ではない。こうして第4ステージが始まる。

結局私は名古屋と東京をその後16年兼務して行き来した。だんだん東京に目が届かなくなり、ついに編集スタッフに穴が開いたところで会社清算の潮時にした。実はその直後、新聞を見捨ててやめたはずの編集者が、ノウハウも地盤もスポンサーもそのまま掠め取るようにして、題字だけ変えてそっくりの新聞を発刊した。唖然とする結末だった。

名古屋の経営は、30年で売り上げが1.5倍に伸びた。東京で発行部数を5年で3倍に伸ばしたことに比べると緩やかな成長だが、やり方がまったく違っていた。東京ではどんな業務も自分でこなせた。名古屋は、200人の従業員にいかにその気になって働いてもらうかを常に考えた。会社の使命、将来像、方針を示し、従業員の熱意、行動力をひとつ、ひとつ呼び起こす仕組みを山ほど作った。創業者が築いた基盤と、あとに続く従業員がいて、仕組みや仕掛けが機能してきた。
(つづく)

おまじない

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あなたの人生に悔いなきよう




私の76年と、これからのこと(1)

「古稀おめでとう」のメッセージを孫からもらった時は、別におめでたくもないけどな、と思っていたが、気が付けば来年は喜寿になる。この先は傘寿で、その先は米寿かいな、いやはや、もういつ死んでもおかしくないと思いつつ「線路は続くよ、どこまでも」みたいな毎日をどう受け止めたらよいのだろう。

確かなことは言えないが、一応の心づもりはある。この歳の平均余命はあと10年ちょっと、誤差がプラスマイナス5年と考えれば、早いとあと数年でアウトだが、長ければまだひと仕事できる。これまでの4段階の人生を経て、第5ステージはどこへ踏み出すか。計画魔の私にはすでに用意があるが、思ったように行くのかどうか。

振り返ってみると、まず第1ステージは親元で育った18歳まで。なにしろ父親は、明治生まれのひとりっ子育ち、おまけに製造会社を創業してしてワンマン経営者だったから、家庭でも侵すべからざる絶対君主だった。私の反権力的性向は、こうした父親への反発から培われたように思う。

窮屈だった家庭から一気に解放されたのが、大学入学を機に上京してからの第2ステージで、学生運動、伝統芸能や仏教文化への傾倒、世界一周放浪の冒険、古典文学研究と、やりたいことはなんでも全力投入した青春の11年だった。

その後いったん故郷に戻ったが、結婚をめぐってすぐに両親と正面衝突になり、決別してからの14年が第3ステージ。学生時代の後輩のアパートに4畳半の空き部屋があったのでそこを借り、その女性と同棲を経て入籍する一方、たまたまその土地の新聞社が取材記者を募集していたので、面白そうだと応募してみた。

社長と面接の後、居合わせた客と3人でなぜだか居酒屋に行く流れになり、飲んで話しているうちにお互い気に入らず、こっちも採用辞退、相手も不採用でその夜は終わった。初対面の人にタダ酒飲まされたままでは義理が悪いので、埋め合わせにエッセイを4本書いて送っておいたら、相手の気が変わって入社を勧められた。

平屋木造民家の畳敷き3部屋をぶち抜いて事務所にし、タブロイド4ページを週刊で発行、社長が編集、奥さんが営業で、ほかにパートのおばさんが3人いるだけ。私は子どものころから文章を書くのが好きで自信もあったが、親子喧嘩のゴタゴタがなければ、ここを起点にものを書いて飯を食ってゆこうなどとは考えなかったろう。選択の余地がないと簡単に踏ん切りがつく。

街の新聞社には、散歩途中の老人が用もなく雑談をしに立ち寄ったり、行方不明になった飼い犬を紙上で探してくれと主婦が頼みに来たり、不要になったベビーサークルをリサイクルしたい若妻がいたりと、市井の人々が行き交うテレビドラマを見るような面白さがあった。

社長は編集長とは言いながらちっとも動かぬ人で、私は取材、写真撮影、原稿書き、広告の文案作り、レイアウト、なんでもやって覚えた。しかし、もっと大きな記事を書きたい。そこでここを踏み台にしてフリーライターになろうと、業界紙や情報誌、綜合雑誌、日刊紙の連載にも手を広げた。(つづく)

おまじない

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あなたの人生に悔いなきよう





選挙で動いたもの

私は昔からずっと無党派で、与党が安定多数を続けると、思い上がって好き勝手の暴走を始めるから、与野党拮抗で牽制が働くのが健全、という考えでいる。衆参ねじれだと何も決まらないのでそれも考えものだが、ときどき政権交代が起きるぐらいがよいと思う。安倍一強は最悪だった。

支持政党がないので、選挙のたびに苦労する。迷わずこの人、この政党ということがめったにない。まず消去法で、入れたくない候補を消してゆく。残った人から当選圏内にいるのはだれかと判断する。せっかく投じるのだから死票にはしたくない。まあ、四苦八苦の苦肉の策に近い。それでも棄権するよりはマシで、投票は有権者の権利行使というより、社会のバランスを取るための市民の義務と思っている。

日本の現状は2大政党化には程遠い。野党は分裂割拠して、選挙協力しなければ歯が立たないのに、バラバラになって数を減らした上、野党の群れの中から目立ちたがって、与党にすり寄る党派も出てきた。「や党」でも「よ党」でもない「ゆ党」だと揶揄されて、うまい言い方を思いつくものだと感心する。

昔、保革伯仲の一方を担った社会党は、いまや党名さえ消えた。流れを汲む社民党も消滅寸前の危機にある。「山が動いた」と叫んだころの勢いはどこへ行ったのかと思うが、3分の1の議席の確保に安住し、万年野党に甘んじて動かなかった結果だと冷ややかに言う識者もいる。

今回の選挙結果から、50歳より下の世代では、今までの保守対リベラルの対立軸ではなく、改革対非改革の対立軸で政党を判断するようになったとの分析もある。それによると「立民や共産も古い政治を行う非改革とみられ、自民と差別化できなかった。維新は改革のイメージで伸びた」のだという(遠藤晶久早大准教授。7月19日付中日新聞朝刊)。そういう点では、れいわも比較的若い層の支持で伸びた。

今回は、ロシアのウクライナ侵攻や投票日直前の安倍銃撃事件に浮足立って、選挙に少なからず情緒的な影響を与えた。選挙に風やトレンドはつきものだが、もとより一夜限りのイベントではない。いやむしろ、余勢を駆って国葬に持ち込み、モリカケ、桜、財政の失敗、旧統一教会との浅からぬ縁、クサいものはみんなまとめてフタをしてチャラにしてしまおうという、このくらいのしたたかさを野党も少しは見習わないと。

おまじない

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無党派にも愛の手を





スーパーマーケットの風景(2)

スーパーに来るのは主婦中心かというと、近頃は昔と違って老若男女、さまざまな人がひとりで、あるいは連れ立ってスーパーにやってくる。時間帯やエリアにもよるが、年寄りが目立つのは高齢化社会の反映か。

ひとりで来店のじいさんは見かけによらず動きが早い。機敏というほどではないが、品物を選ぶのにあまり迷わない。独居生活に手慣れたリズムがある。

これと反対なのか、ばあさんとペアのじいさんで、ただばあさんの尻についてくるだけでなんの役にも立たない。「あんたこれ好きでしょう。買っとく?」「ああ、そうだね」「これは高いからやめとこう」「そうか、そうして」。私が買おうと思っている納豆の前に、意味もなくぼおっと立ったまま、のいてくれないので、横から手を伸ばしてアピールしてみるが、それでもばあさんの後についたまま何も気づかない。

このじいさんは買い物袋の運び役で来たのだろうか、あるいはマイカーの運転係なのか。自分の任務を明確に意識してというよりは、家で留守番しているのも退屈なので、リハビリいや運動を兼ねてばあさんとお出かけといったところだろうか。ばあさんはどう思っているのだろう。介護のつもりか、老いらくのデートで変わらぬ愛を育んでいるのか。

スマホで頻繁にやりとししながら買い込んでいるじいさんもいる。スマホの向こうには妻がいて、細かい指示を受けながら買い付け業務をこなしているのだろう。じいさんとは言いながら、リタイア前の仕事ぶりがよみがえるようだ。

ばあさん同士というのもある。連れ立って来たのでなく予期せず店で出会って、「ああら、あなた」と立ち話が始まる。これが長い。私が果物売り場、野菜売り場、魚売り場、麺類、調味料、肉、乳製品、飲料水と回って、忘れ物の追加に野菜売り場に戻ってみると、カートを止めた二人が向き合って、井戸端会議もたけなわ、話の切れ目がない。

井戸端会議は昔も今も必ず女同士。私が子供のころは、道端で長丁場の人を見かけたが、そりゃあスーパーの店内の方が冷暖房完備で話も弾む。(おわり)

おまじない

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今日も楽しい買い物を



スーパーマーケットの風景(1)

山形の貧農の子、おしんの一代記「おしん」(NHKの朝の連続ドラマ)で、長男が当時ハシリのスーパーマーケット経営に乗り出すのは、いつごろだったか。私が初めてスーパーに入ったのは、60年近く前だった。

そのころ私は上京したての大学1年生で、ひばりヶ丘にある先輩のアパートに遊びに行ったら、駅前のスーパーで食材を買うのに付き合わされた。手料理をふるまってくれたのはありがたかったが、若い男が出入りするにはちょっと気後れのする場所だった。

時を経て、状況はすっかり様変わりした。資本力にモノを言わせた大型店舗とコンビニとの板挟みに会い、今や個人商店は見る陰もない。スーパーはさらに複合モールへと発展したり、高級、標準、格安店に作り分けて多店舗展開している。

高級店は標準店に比べ、倍もする値段で品ぞろえをしている。たしかにうまい食材もあり、この店でなければという客もいるのだろうが、家庭料理でそこまで見栄を張らなくてもいいだろうにという気がする。この層が食品ロスを絶対に出さないなら、それはそれでひとつの見識だが、そうとも思えない。こんな家庭に招かれて、この舌平目はなんとかで、このワインはブルターニュの何年物で、などと講釈を始められたらすぐに帰りたくなりそうだ。招かれたことはないが。

格安店には格安店の戦術がある。新聞の折り込み広告には上質紙を使わず、ザラ紙に2色印刷で、広告費が安上がりという以上に、いかにも安いと印象付ける効果を狙っていそうだ。

それは商品のディスプレイにもいえる。ごしゃごしゃと並べてあって、なんだか安っぽい。「まあおいしそう」というより「用が足りれば、ぜいたく言ったらきりがない」ところにアピールの力点がありそうだ。それでいて値段を冷静にチェックすると、大して安くない。値段に敏感な客層に、これで効果があるのだろうか。(つづく)


おまじない

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今日も楽しい買い物を



ブログ再開のお知らせ

2019年8月から2年半も休筆していました。休筆というよりもうやめたつもりでしたが、後期高齢者になって仕事を減らしたし、それでなくてもMRIを撮ったら脳が縮んで頭蓋骨との間に隙間ができているので、どうもこのままではまずい。で、無駄な抵抗と知りつつ、憎まれ口を叩いていれば何かの足しになるかと、ブログを再開することにしました。ご愛読いただければ幸いです。


動画制作

会社案内というと、ホームページのほかにはこれまでパンフレットを用意していたが、もうそんな時代ではなかろうと、動画を作ることになった。
制作会社を決め、参考までに他社の動画を4、5本見てみたが、どれも似たり寄ったりのワンパターンで面白みがない。冒頭は森の空撮から始まって、ドローン搭載のカメラがパンすると工場の全景が映る。そこから屋内に潜り、清潔な職場、勤勉でにこやかな従業員の働く姿、再び外に出て発展を続ける大都市の俯瞰、チャカチャカとリズムのよい音楽、そして自画自賛のナレーション。自社紹介にまさか辛口批評もできまいが、これではすぐにあくびが出て、我慢するのも3分が限度だろう。
「そうです。3分がこの種の動画の目安です」と制作会社のディレクターも言うが、お客に我慢させたのでは会社案内にならない。
「これねえ、テレビの食レポと一緒だよ」と私は言った。外食の店を訪問して試食したタレントやアナウンサーが、その味を視聴者になんとかして伝えようといろいろ言ってみるが、食べる前から褒めるに決まっているとこっちはわかっている。味見できない以上、本人のひとり相撲を白けて見ているほかない。
チマチマしないで140億年前の宇宙の誕生から行こう、と提案した。その悠久の時空を超えて、現在のわれわれの営みにつながっている。それでこそ当社の企業理念「森羅万象に生かされ、志をもって一隅を担う」にふさわしい。
というわけで、動画の導入部は、宇宙の一角で地球が誕生、活発な火山活動、海の形成、シーラカンス、恐竜、原人からホモサピエンスへの進化、有史以後の偉人の登場……つぎつぎ画面が変わってやっとわが社の全景。この偉人でまた試行錯誤。最初はダビンチ、ニュートン、アインシュタイン、ノーベル、ガンジー、キング牧師、杉原千歩、マザーテレサ、ジョン・レノンだった。しかしノーベルは大量殺りく兵器の発明者だから真っ先にカット、ジョン・レノンは肖像権があるのでカット、そうなると代わりにといっても、スティーブ・ジョブスも中村哲もダメ、後半が人道主義に偏っているので、マザーテレサの代わりに女性ならキュリー夫人でどうか。日本人をもう一人というので御木本幸吉の名も挙がったが却下。養殖真珠の発明はすごいが、真珠は別になくても生活に困らない。虚飾の象徴で大金持ちになっただけと言ってしまえば身もフタもないが、系譜の趣旨にそぐわない。
こうして作ってみたら導入部だけで1分、全部で11分。いくらなんでも長すぎるだろうと思ったが、縮めようがない。せいぜい3分と言っていたディレクターも「ストーリー展開がしっかりしているので大丈夫です」。そうだね、面白がってくれればまあいいか。


おまじない

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あなたの1日に演出を






1周回って戻る

腎臓内科の検査結果に判断が出るまで1カ月待たされた。その間、まさかとは思うが、人工透析の開始なんでおおごとになったらどうしようと気がかりだった。

ちょっと予備知識をと、健康雑誌の特集記事を読んでみた。すると、腎臓は機能が30%程度まで低下しないと自覚症状が表れないので、日ごろからわずかなサインを見逃さないようにと注意を促しつつ、具体的にはむくみ、疲労感、息切れ、体重増加などを挙げている。

ウーム、そういえば足首に少しむくみが認められる。疲れやすいのは歳のせい、息切れは長期の喫煙習慣のせい、体重増加はその喫煙をやめたせい、と思っていたが、ひょっとしてこれはみんな、腎臓機能低下の結果ではないか。面倒なことが嫌いな私にとって、週2,3回、1回4時間の通院透析を10年も続けることになれば、かなりまいる話だ。旅行にも行けない。

それでなくても歳とともに、体のあちこちに故障や不具合が出るのは自然のなりゆきなんだから、町医者任せにしていたのが間違いだった、とどうしても悪い方に考える。

さて結果発表。軽度ではないが高度でもなく、透析は免れた。今後は2カ月ごとの尿検査と血液検査で、経過観察をする――なんだ、ずいぶん脅かされたけど見立ては町医者と同じ。こっちの専門医は高脂血症や尿酸値が基準値を少々オーバーしているのも見逃さず、薬が追加されて計7種類に増えた。

だんだん薬漬けになるのもいかがなものか。むずかしい年ごろになったものだ。

おまじない

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大苦なければ大幸なり


あちら立てればこちらが立たず

春先から太りだし、73キロを超えるようになった。これまでならちょっと気をつければ70キロまで戻せたのに、今回はなぜか歯止めが利かず、74キロを突破した。歳のせいで代謝が悪くなったんだろうと子どもに言われ、首を傾げていてハタと思い当たった。昨年秋にタバコをやめたからに違いない。太り出すまで間があったので、すぐには原因にたどり着けなかった。

喫煙は、肺機能の低下を止めるためにやっとやめたので、体重調整のためといってまた始めるわけにもゆかない。となると、炭水化物を減らしてカロリー制限した食事と運動ということになる。栄養はたまご、魚、牛乳、大豆製品などのタンパク質で補えばよい。

ところが先日、病院の栄養指導を受けたら、全く逆のことを言われた。「タンパク質を抑えて、炭水化物で補ってください」。これには少々いきさつがある。

3、4年前から病院の定期検診で尿にタンパクが出るようになり、要検査の指示で町医者に見てもらってきた。その後、病院からは毎年指示が出るが、私としては町医者に預けて、観察下にあるつもりだった。ただし、町医者は血液検査と尿検査はせっせと取るが、結果に対してどう動くというわけでもなく、「尿たんぱくには、塩分減らして血圧下げるぐらいしかやりようなくて。まあ人工透析というほどの数字でもなく、しばらく経過観察しましょう」で終わっていた。

なにもしないなら毎回検査をする必要もないし、それに順番待ちの患者が多くて予約しても長時間待たされるので、いつ来ればよいのだと受付に聞いても「何とも言えません」などとマヌケな返事をする。高齢化社会が進むと、とりわけ内科は放っておいてもじいさん、ばあさんが、あっちが悪い、こっちが悪いと押し寄せるから、医者も受け付けも真剣味がなくなる。

上から下まで頭を使わない医院には見切りをつけて、町医者を変えたところ、病院と町医者の連携が取れ、病院に3泊して腎生検(腎臓の組織を取り病状や原因を分析する検査)をすることになった。病院で、なんでもっと早く来なかったの、と言われたが、冗談じゃない、ずっと町医者に診てもらっていた。なるほど、かかりつけ医がいれば安心なのでなく、かえって事態を放置し、悪化させることもあるのだ。医者を無条件で信用しないほうがよい。

腎生検の組織採取自体は30分ほどで終ったが、そのあとが大変で、自分の体重で腎臓の止血をしなければならないから、一昼夜仰向けに寝たまま身動きできない。食事が運ばれても、仰向けの姿勢でどうやって食うんだと思うし、運動量ゼロで腹も減らないし食欲もない。3食抜いたら2キロやせた。これがせめてものご褒美。

健康のためにタバコをやめたらメタボになり、健康のために炭水化物を減らしたら、健康のためにタンパク質を減らし炭水化物で補えと言われ、あたしゃ一体どうすりゃいいのさ。

おまじない

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しばらく何も食わなきゃいいかも



続・第1.5の人生

体力の衰えを感じて、この春から勤務時間を3割減らして、夕方帰ることにしてみた。

さて、家に戻って夜までの間、何か少しまとまったことに取り掛かろうと思うが、どうもやる気が出て来ない。くたびれて仕事を切り上げたのだから、帰宅してもくたびれているのは同じことだ。だらだらとしているうちに、退屈だから早めの晩酌を始める。なんだかこんなことじゃ意味ないなと思う。

余暇の活用と思って、英会話や料理教室通いを始めたのだか、ひまを埋めるという考えではだめらしい。若いうちならプラスアルファの変化を余力でこなせるが、活力が峠を越えると、仕事を続けながらマイナス分を埋め戻したのでは、調整したことにならない。少しずつ引き算をしながら、バランスを取って人生を送るのはとても難しい。

いずれは仕事から全く手を引く時もくるだろう。そうなるとなおさら、ひまつぶしではいつまでもしのげない。いつまでもが数年ならいい。辞世の句でも用意して静かに待てばよい。しかし思いのほか長生きして、10年、15年しても一向にお迎えが来ないとなると、長期計画を立てて進まないととても待ちきれない。それでいてできることはどんどん限られてくる。

残った時間をどう使うか。同窓のリタイア組は、長年がんばったんだからもう充分だろう、むりせず、ゆっくりと、楽しく自分のためだけに時間を使っても罰は当たらないと思い、その通りにしている人がほとんどのようだ。自らを終わった人、過去の人として受け入れている。

もうひとつ生き方がある。いくつになっても、人の世で生きる限り、社会への働きかけや役割を続けてこそ意味があるのだと。

どちらでなければと言いたいわけではない。その人がパーソナルで充実したいか、パブリックで充実感を得ようとするのかで決まることだから。ただ、パブリックの手本は、私の身近にはまずいない。たとえば、遠隔地で難しいが、広島の原爆資料館で英語のボランティア通訳がやれたらいいな、などと投げかけてみても、老人仲間は全く関心を示さない。

そんなことを考えるだけで、私は彼らにとって理解不能の変わり者に映る。私は私で、現役志向でいる以上は常に社会とのテンションを下げるわけにはゆかない。下げないから浮いてしまう。

第1.5の人生と言うのは第1でも第2でもなく、なんとも言いようがない。


おまじない

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ひまな年寄りとのおしゃべりは冗談だけにしよう





新聞変えてみたら

先月から宅配の新聞を変えてみた。以前ほど記事が面白くなく、じっくり読む気にならなくなったからだ。といって、その新聞が悪いわけではない。なにが起きて、どう書いても、政局が少しも動かず、変わり映えがしないからだ。

ジャーナリズムの真髄は、おや、まあ、へえ、にある。私は朝起きるとまず新聞受けに向かい、昔風に言うなら「耳目を驚かす」ようなできごとがドカンと載っていないかと、期待を持って朝刊を開く。

政治の不祥事なら絶え間なく起きる。主要閣僚の利益誘導、裏工作、暴言、失言、官僚の忖度、隠蔽、改ざん、そして急性記憶喪失。バレバレなのに、みんなうやむやになって、その後の居座り、栄転。新聞が噛みついても、そよ風のそよぐがごとく何事もなく通り過ぎ、どこの発展途上国の話なのかと首を傾げたくなる。

つい最近、下北道路の忖度発言で久しぶりに、お調子者の副大臣のクビがとんだが、忖度といえばモリカケはあれでおしまいかい、と我ながら懐かしく思い出す始末。空しさ募って選挙に行く気にもならず、無党派層としていかにもふがいない。これではいけないと思いつつ、ますます厚顔無恥の面々のやりたい放題になる。

そう思って見るせいか、彼らの人相の実に悪いこと。「必殺仕事人」に素顔のまま登場しても、存在感豊かにj悪役が務まりそうだ。

だから新聞には、飽きの来る憤慨一辺倒の論調でなく、もっと書きようがあるだろうと、新聞を変えてみたのだが、まあ気分は変わっても、世の中が変わるわけでもない。

勝手が変わって困ることもある。たとえば、日曜版でいつも必ず読んでいた記事がなくなってみると、それはそれで物足りない。

新しく読む新聞は、全国紙としては3番手だが、地元のブロック紙が圧倒的に強いこの地方では、シェアがわずか5%ちょっと。そうなると、販売店の配達エリアが広く薄くなり、地元密着が要件の折り込み広告がぐんと減る。折り込み広告なんてゴミになるばかりと思っていたが、ここから得る地域情報も結構使っていて、なくなるとやはり不便に感じる。

記者の筆力もときどき不足で気に入らない。日刊紙の発行部数は、この1年で222万部減って4000万部を割り込んだそうだ(スポーツ紙含む)。20年前のピーク時と比べると25%も減らしたというから、各社の経営は大変だろう。取材力や人材の厚さにも当然影響しているはずだ。

なんだかなあと思案していたら、先日、集金が来て、配達もしている人だった。たぶん80歳ぐらいだろう。愛想がよく、元気そうだ。早朝、というより深夜に起きて仕事に入るのは大変だろうが、購読者が増えれば励みにもなるのだろう。これはしばらく断れない。半年か、いや1年か。働く老人をがっかりさせるのは罪深い。

おまじない

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いつまでもお達者で









第1.5の人生 2

条件整備の第1は、家事がひと通りこなせること。

妻とはすでに卒婚の関係で、それぞれに独立性の高い生活をしており、私は掃除、洗濯、炊事に犬の世話まで、身の回りのほぼすべてを自分でやっている。できないのはボタン付けなど繕い物ぐらいだ。

世の中には、連れ合いに先立たれると、たかだか日常生活を送るのに手も足も出ない男がいる。家事は女がするものだと思っているから天罰が下る。といって家事の分担の話をしたいわけではない。小はミジンコから大はクジラまで、自力自活はあらゆる生き物の基本条件である。

炊事は単身生活をしていた学生時代に、母親直伝で経験があり、面倒がらなければてんぷらでもハンバーグでも作れる。今どきは外食でも中食でも用が足せるが、健康面を考えると、少々手間がかかっても手料理がよい。生命力は食生活にあり。しかも、空腹を満たすだけではつまらない。ちょっと自慢できるぐらいのおいしい食事を楽しめるよう、この春から料理教室に通うことにした。月に1回、土曜日の午前中2時間なので大した負担にならない。

自力自活が基本条件とはいうものの、それを支えるのは心身のトレーニングになる。なにしろ私ももうポンコツで、手入れをしなければいつボケるか、寝付くかわからない。そこで脳トレには英会話、筋トレにはストレッチかヨガがよかろうと狙いをつけた。

英会話は、短編小説を読んできて批評し合うYWCAの教室に出ることにした。おしゃべり好きの私としては、カラオケでストレスの発散をするような効果も期待できる。

体のトレーニングの方は、一度に3つも始めるのは大変なので、後回しになりそうだ。というより、口を動かすのは得意だが、体を使うのはおっくうな方で、始める前から長続きしそうにないと思ってしまう。筋トレそのものが目的ではなく、やり残したことの点検、選択、実施のための条件整備のひとつなんだし、まあいいか、料理と英語でひと息ついてからまた考えよう、とだんだん言い訳がましくなってくる。

問題は、命がいつまで残っているか、さっぱり分からないことだ。未練がましくダラダラ長生きするよりも、やり残したことを全部片付けてピンピンコロリで文句はないが、人生そう都合よくは終われない。死ぬときぐらい好きにさせてほしいと思っても、尊厳死も安楽死も自裁死も簡単ではない。

残る手段は、いよいよと覚悟を決めたとき、絶食による自然死だが、これも適切なサポートをしてくれる町医者を見つけるのはむずかしい。つまり、今の日本では、進んで死を迎えるのはすべて変死扱いで、関与した医者は自殺幇助や殺人犯にされてしまうので、たいていは逃げ腰になる。

となると、煩わしくなくてよいのが、案外、孤独死かもしれない。(おわり)

おまじない

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人生、計算通りに行かなくても、またよしとする









第1.5の人生 1

この国では、65歳になると前期高齢者の群れに入れられるが、当時の私にそんな実感はなく、死ぬまでバリバリ働くつもりでいた。ところが、70歳に近づく頃からフルタイムで仕事をするのがだんだんくたびれるようになってきた。80、90でも第一線で衰えを見せない人もいるので、弱音を吐くのは早いと思いつつ、気力、体力、知力が以前のようには働かない。

同年齢の人の大抵はリタイアしていて、とはいえ老け込んだり寝込むのはまだ先で、中途半端に元気が残っている。第2の人生をゴルフや麻雀に、夢中というかムキになって打ち込んでいる人を見ると、第1の人生ではよほど耐えがたい辛い目に会ってきたのだろうか、と余計な想像をしないでもない。ゴルフや麻雀が、その反動あるいは代償として手に入れたかったものだったとしても、社会貢献のかけらもない余生は、充実感どころか自分の社会的な存在位置を見失い、浪費の虚しさだけが残ることにならないだろうか。

逆に、どこまでも過去の地位を譲れない人もいる。組織や団体の名誉職に退きながら、現役時代の特権の味が忘れられず、なにかとにらみを利かそうとする。一目置かれたいのだが、悲しいかなすでにピントがずれてしまっていることに、本人は気がつかない。

スーパーボランティア、尾畠春夫さんのようなすがすがしい生き方もあり、心からの敬意を惜しまないが、私の場合そうすっぱりと第2の人生に切り替えられない事情がある。務めてきた使命からなかなか解放されない不自由さと、調整をしながらでも社会につながる仕事を続けられる自由さの間で、第1の人生用だった時間の3割を、よそに振り替えて同時可動させる第1.5の人生とはどういうものか。

やり残した課題の点検と、選択、実施、そしてそれを支える心身の条件整備、というと企業の研修めくが、3割振り替えをこれに当てると、生活を活性化しながら結構楽しめそうだ。(つづく)

おまじない

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人生、計算通りに行かなくても、またよしとしよう







ネコ担当取締役

春が近づくと、ネコがにゃあにゃあとネコなで声を出す。「ダーウィンが来た」の番組なら「恋の季節がやってきました」というところだろうが、そんなしゃれたものではない。性欲があふれてなんともならず、狂い悶えているのだ。

そういうことはプライベート事案なので、好きにしたらよいが、許可もなく他人の家に入り込んでもらっては困る。庭で出産して6匹も産んだり、玄関口をトイレと決めて集中的に放尿したり、弱った子ネコが死んでノミが大量発生したり、ここ数年手を焼いている。

泥棒ならセコムのシールでひるむ。訪問販売なら「セールスお断り」でにべもない。しかし相手がノラネコでは「猛犬注意」の字も読めない。水を入れたペットボトルを置くとか、ネコの嫌う低周波だか高周波だかを流すとよいと聞くが、効果があると聞いたことがない。

一番よいのはイヌを庭に放すことだ。うっかり門を開けたときに、外に飛び出すおそれがあるから、常時放し飼いにはできないが、南側でネコを見かけたら、北側居住のクマゴロウを抱き上げて家の中を通り抜け、庭へさっと放す。しばし追い掛け回せば、ネコも警戒して近寄らなくなるだろう。

という作戦だったが、相手も身軽で、木立ちを縫ってぱっと消える。残念、見逃したが、クマをしばらく走り回らせて、においを撒き散らすようにさせた。

これで少しはと思った5分後、同じ場所に同じネコがふてぶてしく寝転んでいる。てめえ、なめてんのか、ともう1回クマを放す。跳びかかって一撃を食わせろと願ったが、すぐに逃げられた。ジャックラッセルテリアは、もともとキツネ狩り用のイヌなのに、先祖の血筋を忘れたか。もう少しプライドを持ってくれ。

私も出勤時なので、そういつまでもやっていられない。クマには、毎日ムダ飯ばかり食っていないで、少しは役に立て、と意見したが、聞こえないふりをするから情けない。

春先は、散歩に連れて出る代わりに、庭で厳戒パトロールをさせよう。名案といえるかどうか。あちこちで気持ちよくフンをするだけで終わるかもしれない。


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ネコも人の迷惑をわきまえてほしい





信ずるものに幸いあれ 3

宗教史を概観すると、旧態に飽き足らず、突き抜けようとする改革のエネルギーと、勝手に変えようとするな、長年の伝統を守れ、という因習圧力の両方が繰り返し働いているのがわかる。

カトリックはローマ法王を頂点とする一枚岩だが、プロテスタントは日本福音同盟の教派だけでメソジスト系、バプテスト系、ルーテル系など38、独立派や単立も加えると58にも上るようだ。

仏教は、先行するバラモン教の影響を残しながらも、独自の教理で成立し、日本に伝来後は、奈良時代に華厳、三論、成実、法相、律、俱舎の南都六宗、平安時代に天台、真言、鎌倉仏教では法然、親鸞、道元、栄西、日蓮らが、次々と登場して宗派を開いた。

既成の思想体系に疑問を投げかけ、否定し、乗り越えようとする勢いは、四分五裂の道をたどった60年安保から全共闘運動に至る新左翼の動きにもどこか似ている。

現代日本の仏教には、檀家だのみ、葬式待ちの寺の側にも、寺離れ、葬式離れの檀家の側にもそんなエネルギーは残っておらず、今後は大胆な改革がない限り、衰退が加速するばかりだろう。

一方で、タイやスリランカのような信仰の篤い仏教国と比べてみて、南ルートで伝播していった上座部(小乗)仏教に対し、分裂して北ルートを進んだ大乗(大衆部=だいしゅぶ)仏教に、そもそもの深い根があるのではと思わないでもない。

上座部仏教では、出家者が覚醒して輪廻転生を断ち切るとしているから、来世でどうなるか分からない一般人の思いは真剣で、仏法僧を深く敬っている。大乗仏教では衆生を見放さないことになっているから、どうしたって楽観的になる。古代から天皇や貴族、豪族、武士、と時の権力者が庇護してきた仏教を、明治以後は檀家が支えるようになり、その檀家が輪廻転生など気にかけなくなって、葬式を待つ以外は無為無策の寺から離れ始めた。

宗教のウソを無条件で信じる人、方便としてその意図をくみ取る人、頭からバカにする人、のうち、最も幸せになれるのは最初の人だろう。

こんな讃美歌があるのを最近知った。

きみは愛されるため生まれた
きみの生涯は愛で満ちている
今もその愛受けている
きみの存在が私にはどれほど大きな喜びでしょう

聞いているだけで、自分が守られていると感じ、心が安らぎ、やさしい気持ちになる。宗教はそういうものだろう。理屈も証明もいらない。信じるとはそういうことだろう。私には遠すぎる道のりだが。(おわり)

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信ずる者に幸いあれ 2

私自身にはそう大して信仰心があるわけでなく、宗教を行動規範として受け止めている。仏教の五戒や、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の十戒では、殺すな、盗むな、ウソをつくな、と口を揃えて説いている。宗教を持ち出すまでもない社会の基本ルールで、道徳と宗教と法はかなり重なり合っている。法には違反すると罰則があるが、宗教には悔悟による救済の道がある。道徳にはどちらもない。

ウソをつくなと戒めながら、宗教は平気でウソをつく。これは一体どういうわけか。ウソも方便、目的に向かって人びとを導くための壮大な手段であり、これこそ宗教の本領発揮だと私は解釈している。地獄や極楽などあるわけがない。しかし「身を律して、清く正しく美しく生きなさい」と言うより、善行を積めば極楽や天国に行ける、悪行を重ねれば地獄に堕ちるぞ、と教えた方が聞く人の心を捉えやすい。

因果応報や浄土思想は、2500年前、釈迦の当初の時代から唱えられたが、地獄や極楽は10世紀末、源信が「往生要集」で、仮想現実を生々しくまことしやかに描いて広まった。「講釈師、見てきたようなウソをつき」と言いたいところだが、不幸から逃れたい、幸せになりたいと願う人びとを本気にさせた。

疫病、飢饉、天災、貧困、盗賊、やがて内乱。累々たる死体が、路上に打ち捨てられ、河原に折り重なる。現代では想像も難しい、あえて言えば現在のシリアのように劣悪で、常に命が脅かされる状況下では、救いを求める切実さが今とはまるで違う。おまけにそのころの仏教は、陰陽道、修験道、神道とも相互乗り入れし、宗教と俗信、迷信、呪術の区別もつかない。宮中の女御の気分がいつまでもすぐれず、さては悪霊、生き霊に取り憑かれたかと、高僧を呼んで悪魔祓いの加持祈祷をしてみたが、めでたく懐妊と分かり安堵したという話が源氏物語にも出てくる。

宗教のウソが、人びとを信仰による悟りと救いに導くための方便なら、ウソを丸呑みしてもなんの問題もない。しかし別の目的のために、手段を選ばずウソの世界に引き込む宗教団体もある。ことさらに将来の不安をあおるようなら注意したほうがよいが、カルト教団でなくとも宗教にはもともと終末観がつきものだから、見分けにくい。気がついたときには、というより信じ込んでしまえば気がつく前にイチコロになる。

現代の日本人の宗教心は概して皮相的で、「私は無宗教です」と言いながら、受験の時は合格祈願を、結婚に縁遠いと縁結びの願掛けをする。お詣りすれば気が済む一過性で、本人も必ず成就するとは思っていない。射幸心で宝くじを買うのと似たようなもので、とても信仰とは言えない。寺や神社もよく心得ていて、あれこれのご利益を看板にして並べ立て、客寄せをはばからない。

これでよいのか、これじゃあだめなのか。(つづく)


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信ずる者に幸いあれ 1

次男が昨年、秋も終わりかけたころから教会の日曜礼拝に通い始めた。気持ちの落ち着ける場がほしかったようだ。

宗教心を持つことはよいことだ。しかしどんな教団なのか。私にはキリスト教の教団のことはよく分からない。見かけは優しいが、実は狂信的なカルト教団だったりすると厄介なので、クリスマスイブのイベント開催の機会に、ようすを見に行ってきた。

クリスチャンのハープ奏者が招かれて演奏し、そのあと賛美歌を少しと牧師さんの話があった。次男と顔見知りの数人と挨拶を交わし、話してみたが、みな穏やかで気になるような点はなかった。

雰囲気だけでは分からないので、ネットで教団をチェックしてみた。私の知識と言えば、中世の宗教改革で、免罪符を与えて金を集めるカトリック教会に抗議して、プロテスタントが分立したことぐらいだが、プロテスタントはその後もたくさんの教団に分裂しており、大きくは福音派と自由主義神学に二分できるらしい。

次男の通う教団は日本福音同盟に属し、「聖書は神の霊感によって書かれ、誤りない神のことばである」との立場にある。特権を振るう教会ではなく、原点の聖書に戻ろうというのは、プロテスタントの出発点としてもっともな話だが、自然科学の発展とともに困った問題が出てきた。

地球は宇宙のかなたで星屑が衝突、合体し、冷えて固まった惑星で、人間は猿から進化したことを受け入れるなら、聖書に書かれた天地創造をどう扱えばよいのか。ノアの方舟、処女降誕、キリストの復活、数々の奇蹟。この点で、多数の教団には硬軟あるが、聖書にも誤りがあると認めるのが自由主義神学で、福音派はあくまで忠実な聖書信仰に基づくらしい。

宗教の領域でこんな話はいくらもある。神道では神が大和の国を産み(古事記)、釈迦は摩耶夫人の右脇から生まれたとされている。釈迦もキリストも実在の人物で、そんなにむちゃを言わなくてもと思うが、宗教が神格化や神がかりをして何が悪い、と言われればそれもそうだという気になる。

ウソかマコトかなんてことはどうでもよい。たとえウソだとしても信じるか、それはそれとして合理的に使い分けるか、そこに信仰のあり方の違いがあるのだろう。

ウソだとしても信じられるか。親鸞は、門徒に教えない特別な秘法があるのではと彼らから問われ、「そんなものはない。ただ師の法然上人の教えを守って念仏を修行するのみ。もし師に騙されて地獄に堕ちるなら、それでも後悔はない。私にはこうするより他に方法がないから」と答えている(歎異抄)。ここまで思い切れると、信仰に凄みが出てくる。(つづく)


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絵に描いたような幸せ

年末になると若夫婦が子どもを連れて里帰りし、老夫婦が顔をほころばせて孫を迎える――そんな風景が、混雑する駅のホームで昔と変わらず繰り返され、季節の定番ニュースになる。

老夫婦にとって、血のつながりのある孫は、特別な感情をかもしだす存在のようだ。歳を重ね、自らの先行きに限界のあることを実感し始めると、子や孫を通して自分の因子が受け継がれてゆくことに安心し、自らが永遠だと感じるからではないか。顔立ちが似ている、性格が似ている、何気ないしぐさが似ている……他人の子どもではそういうわけにゆかない。

たとえばBSテレビで、数十年前の古い映画を見ると、とっくに物故した俳優や女優が次々と出てくる。ああ、あの人いたな、懐かしいなと思いながら、ふと気がつく。あれだけの名俳優、人気スターが記憶からすっかり消えて忘れていたことに。

去る者は日々に疎し。そりゃそうだ。アカの他人をそういつまでも覚えているわけがない。してみると、有名でもない自分なんか、知っている人もたいしていないのに、すっかり忘れ去られて、存在していた痕跡さえなくなってしまうのではないか――そんなモノクロの風景にみるみる色彩がよみがえるのが、家族や子孫に命がつながってゆくという思いだ。

ところが、夫婦や家族の関係を長く維持してゆくには、相当の我慢や妥協を強いられるのも現実で、耐えきれずに離婚する人は、日本人の3組に1組というから、結婚を後悔している夫婦も含めると半分以上になりそうだ。

離婚して子どもと会えなくなる人もいる。離婚した人は、結婚してからこんなはずではなかったと気づくが、それを見ていた子どもは結婚すれば幸せになれると思うのは幻想だと、早くから冷めた目で見るようになる。独身のままで家族のしがらみなく、自分の時間と金を自分だけのために使える一代限りの自由と、リスクはあるが一度は結婚し、わがままを抑えてにぎやかな家代々のどちらを選ぶべきか。

もちろん長きに亘って信頼し合い、とても円満な夫婦もいる。孫と再会してうれしいことに理屈なんかないおじいちゃん、おばあちゃんもいるだろう。

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正月は軽めに過ごそう






睡眠障害対策

夜、寝入ってから2時間ほどで目が覚めてしまう。トイレに行って寝直しをするが、眠りが浅く、よく夢を見る。たまには楽しい夢もあるが、たいていろくでもない。睡眠時間が合計で4時間か、せいぜい5時間で、昼間、特に昼食後になると眠くなる。居眠り運転には気をつけているが、2、3度誘い込まれたことがある。会議で人の話をじっと聞いているときも辛い。

対策はいろいろやってみた。睡眠導入剤は多少効果があるが、寝起きに体がだるくなることがあり、常用はしたくない。

床についた後、考え事が始まって頭が冴えてしまったときは、酒を呑んでリセットするが、これも多用すると酒量が増える。睡眠学上も寝酒はよくないそうだ。

寝る前に風呂に入り、体温を上げておいて、少し下がった頃に寝ると比較的いいが、睡眠障害解消の決定打まではゆかない。

昼寝を15分か20分すると元気になるそうで、事実、休日に自宅で昼寝すると快適だが、会社ではなぜか眠れない。仕事モードの切り替えができないようだ。

そんな話を取引先の人に話したら、ドクターエアという昼寝用の電気製品を贈ってくれた。ゴーグルのようなかっこうをしていて、アイマスクのようにして目を塞ぐ。スイッチを入れると、小鳥のさえずりや水の流れる音が聞こえてくる。こめかみに圧力を断続的にかけてマッサージし、閉じたまぶたのあたりが少し温かくなる。

ふうんと思いながらイスに坐って試してみて、これじゃあ違和感が気になって眠れないだろうと思っていたが、気がつくと眠りから覚めていた。これで夜間の睡眠不足を全部補えるわけではないが、睡魔に襲われながら昼間眠れない、あるいは眠ってはいけない状態からは抜け出せそうだ。

どういうわけで効果があるのか知りたかったが、操作方法や注意書きを載せた取扱説明書があるだけで、メーカーのホームページをたどっても、筋肉を鍛える健康器具が売れ筋のようで、電気昼寝器のことは探し出せなかった。

高速道路のサービスエリアに、お試しコーナーでも用意すればいいのに。

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朝までぐっすり眠りたいが、ずっと覚めないのも困る





ひとこと添える

今年も年賀状を書く季節が来た。例年、ほぼ印刷にして、下の方に短信が書き添えられるよう余白を作ってあるが、ハテ、何を書いたらよいかと考えあぐねる相手もいる。

なにしろ、もう10年も20年も会ってない人もいる。そう親しかったわけでもなく、なりゆきで年賀状ぐらいは交換してきた相手となると、いまどんな暮らしをしているか見当もつかず「5番街のマリー」状態になる。

もうそろそろいいかな、とやめてみても、相手から律儀に届くとやめられない。その逆もある。同じタイミングで同じ気持ちになるのはむずかしい。まあ、年賀状だけの付き合いで、安否確認という相手がいてもよいだろう。

そこそこ交流があっても、添え書きに困って「お近くおいでの節は、ぜひお立ち寄りください」とか「たまには一杯やろう」とか「今年こそゴルフを一緒に」などと書いてくる人もいる。こういうのは実現したためしがない。

私も、いよいよ困ると「お元気ですか」「○○君はどうしていますか」「新居はいかがですか」など近況を尋ねるが、双方同時発信が弱点になり、1年後に質問の回答が来ることはない。

年賀状も昔とは様変わりしてきた。私が小学校のころは、図工の授業で版木に彫刻刀を揃えて、年賀はがき用の版画を作った。今もやっているのだろうか。

年賀状に写真を使える時代になると、子どもの写真でスペースを稼ぐのがはやるようになり、私もよくその手を使った。送るほうは楽しいが、もらってもうれしいわけではない。

近ごろはわざわざ郵便配達を頼まなくても、メールでもラインでも即座に用が足せるが、やはり元旦は年賀状が束になってポストに入ってないと、正月気分になれない。

取引先や遠い親戚など、定型的なあいさつ文を印刷しただけの儀礼的なものは、差出人をちらっと見て終わってしまう。それからすれば個人的な相手には、たいしたことではなくても、ほんのひとこと添えると、画龍点晴の趣きがある。多少面倒でもやむをえない。


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添え書きに心が少し伝われば





裏目の居酒屋

長年、車通勤をしているので、帰りがけに飲み屋に立ち寄ることはない。車を会社に置いて出かけると、翌朝はバスや電車の面倒な乗り継ぎ出社になる。帰宅して車を降りてから飲みに出かけ直すのもおっくうだ。それに家の周辺は昔からの住宅街なので、食事処はそこそこあるが、居酒屋となると数が少なく、気に入った店がなかなか見つからない。これはかなり不幸なことだ。

それでも息子に誘われれば、よい店がどこかにないか捜してみようという気になる。駅まで歩くとチェーン店がいくつか開いているが、若者が集まって騒々しいので、落ち着いて飲めない。居酒屋はまず雰囲気よく、気が利いてくつろげること、料理がうまいこと、それでいてそう高くないこと。

電車に乗って繁華街まで足を伸ばせば、そういう店はいくつもある。宴会やパーティならそれもするが、サンダル掛けの普段着で出かける行きつけの店が、どこか近くになければならない。

物色しながら入ってみたA店は、カウンター6席に4人掛けのテーブル席が2つ。このぐらいでも悪くない。年寄り夫婦が二人でずっとやってきたようで、手料理の数も一応揃って味も値段も手ごろ。

ところが、カウンターにぶら下がっている客が互いに顔見知りの固定客ばかりで、市電がなくなったのは昭和のいつごろだとか、そのころだれそれは昔あった映画館の裏に住んでいたが、その後離婚して商売替えをしたな、娘がひとりいたがどうなったか、などと昔話で盛り上がり、店のおやじも相槌を打ったり、手持ち情報を打ち明ける。私も当時の街のようすは知っているが、輪の中に入ると足抜けできなくなりそうで、静観しているとよそ者の気分にさせられる。こりゃだめだ。

B店はA店より広めで割烹に近い。値段は高めだが料理もよく、女将(といってもかなりのばあさん)の話ではこの地に3代目の老舗らしい。それは知らなかった。心地よく楽しめそうだが、なんだか店内ががらんとして人気(ひとけ)が乏しい。もっと流行ってもよさそうだがと思っていて、だんだん分かってきた。

ばあさんが料理をお盆に載せて運んでくるのだが、手がぷるぷる震えて危なっかしい。昔、ドリフターズの「もしもこんな…」シリーズで志村けんが演じていたじいさんそのままだ。注文した料理も板前に通すまでに1つ、2つ忘れてしまう。それでいて、ひれ酒のアルコール分をマッチの火で飛ばさないで飲んだら、「飲み方知らないね」と余計なことを言う。飲み方ぐらい知っているが、省略したら無作法というほどのものではなかろうに。

3代目が板前でばあさんはその母親らしい。老舗のプライドが邪魔をして、客についなにか言って、客足が遠のいてしまうのだろう。

板前が時々ばあさんに怒る。また注文を忘れたらしい。客の相手をするのが無理なのに、本人は「私が元気なうちは」のつもりのようだ。若いアルバイトを雇えば解決すると思うが、新人が入ってくるとばあさんが余計な口を出して居つかないのかもしれない。客が減ればアルバイトを雇う余裕もなくなる、献立の値段も上がる。悪循環だ。

次来るとすれば、カウンター越しに板前の正面に席を取ることにしよう。


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